いそがしくてこころをなくす、忙しい
やることが多すぎて、心ではなく、頭が先に、体が先に行動を起こしてしまう
「やること」の大半は「今」やらなければならないことだから、心→頭、体では、時間を食う
いそがしいことは、良いことで。頭と体を使う分、対価として何かが手に入る
その対価は、お金、経験、技術、力、知識
自分の時間を使い、対価を得る
つまり、自分の時間を使うとき、人は忙しいと感じる
しかし、他人の時間を使うとき、忙しいと感じるだろうか
勉強を教えてもらう、看病してもらう、飲みに付き合ってもらう、何もせず一緒にいてもらう
「ありがとう」という気持ちは芽生えても、忙しいとは思わない。心を亡くすことはなく、むしろ生きかえる
「自分の時間を使っている」という意識が強いほど、忙しいと感じ
「他人の時間を使っている」という意識があるほど、有難いと思う
「あーいそがしい、いそがしぃっ!」という親の小言には、自分の時間を使っているという意識があり
子どもらにだって、意味は分からずとも、潜在的に「他人の時間を使っている」という意識があるはず
鏡に自分の姿見は確認できても心までは映らないから、他人に自分を映すことで自分の存在を確認する
「自分の時間を使う」とき、その他人(ひと)は「他人の時間を使っている」と思ってくれているのか
お互いにそう思えた時、束の間忙しさを忘れ、「ありがとう」という気持ちが芽生えるのかもしれない