人生「どこで」間違ったのかを考えるだすと、その「場所」はいくらでも増えていく。
しかし、「どうやって」間違ったのかを考えると、その「心」は意外と見つからない。
目まぐるしく変わり行く「心」とは裏腹に、動くことのない「場所」は見つけやすい。
人生を振返る時の今の自分は、「場所」を探しているのか、「心」を探しているのか。
「ここはどこ? 私は誰? なぜここにいるの?」
「ここは今。私は私。私がここに自分で歩いてきたか、誰かに連れてこられたのよ。」
「どうやってきたの?」
「さあね。そんなことより、ここからどこへ進むかが重要なの。あなた道はわかる?」
「わからないわ…」
「そう。じゃあ一緒に探しましょう。さて、どうやって行こうかしら」
例え、自分を道を居場所を見失おうとも、最後には進むしかないから。
「どこで」こうなったかより、「どうやって」進むか。それを考える。