3.4(金)から、Yahoo!は、災害用アプリのCMを打ち始めた。キャッチコピーは「安心をダウンロードしよう」だそう。同日、「東日本大震災から5年 消防が撮影した未公開映像の数々を入手 消防の奮闘と葛藤を描く!」と題し、消防士が観た当時の映像が放映。
3.10(木)、「いちえふ」という原発で働いた作業員が描いた漫画の最新刊3巻を購読。原発作業員として働いていた作者が、原発内部事情を事細かに書き記してある。どのメディアよりも信頼度が高いと思う。2年前から震災後の原発の情報は「いちえふ」から。
3.11(金)昼、「地震保険で安心・安全」とPRするインフォマーシャル。同日、『「3.11」と検索した1人につき10円を寄付』と特設サイトが設けられ、Yahoo!トップ画面も特設サイト用の広告仕様になる。3月12日同トップ画面は通常通りになる。
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津波や地震の瞬間が映っている映像を流すと「気分のすぐれない方は見ないで下さい」と、気遣うテロップが出てくる。
「忘れたい」と思う人には消してもらい、「忘れない」と思う人は映像を見る。
震災を「忘れたい」人もいる。「忘れない」と心がける人もいる。震災遺構を「残すべきだ」と言う人もいる。「解体したほうがいい」と懸念する人もいる。原発は「再稼働」しても大丈夫だという役人がいる。「廃止すべきだ」という国民がいる。どちらにも「答え」があり、二者択一で『選んで』いる。二者択一で選択しない場合、自動的に「どちらでもない」を選択したことになる。「どちらでもない」は、「どうしたらいいかわからない」という事ともいえる。
「忘れたい」を選んでる人もいる。震災を「忘れたい」と思う人はどんな人なのだろう。きっとつらい別れがあったのかもしれない。海の匂いがするだけで歩けない程胸が苦しくなるのかもしれない。思い出がありすぎる地元では仕事をがんばるのも限界かもしれない。「忘れる」ことで、前に進めることもあるはず。「忘れない」と、強く・絶対・嫌でも・何が何でも心に刻み、がんばる。「どちらでもない」と日々坦々と生きることで心を保つ選択肢だってある。
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2011年3月11日、直接的・間接的な被災に合わなかった人にとっては、選択肢は「忘れない」であるはず。
ただ、それは、メモリーする(記憶する)の「忘れない」ではなく、日常で風化させないために「考える」こと。
震災に関する事柄に対し、まずは「選んで」みる。
「どちらでもない」より、まずは、(仮)で良い。
『選択』することで、「考える」姿勢が生まれる。
「考える」ことは、いずれ「思いやり」に変わる。
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選ばないこと・選べないことは、=考えないこと。それほどつらいこと。目をそらしたいこと。
例えば、大切な人と別れてしまった。そんなことがあれば「忘れない」を選択するはずがない。
無論「忘れる」を選択するはずもない。そんなとき「どちらでもない」を選ぶのかもしれない。
震災を「忘れない、忘れたい、どちらでもない」。
震災を「考える」。