「実はね、淋しかったんだよ」で気付くこと | simのブログ

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ちょっとした、日記

 年末年始、東京で過ごし、親友とも会えて楽しかった。しかし、親友との会えた時間、私は親友がある時間から何も話さず、怒ったのか、嫌なことでもしたのか、ただの私の思い過ごしなのか、そんな時間を過ごした。


親友は思っていることを話すほうではないが、何となく感じる、そんな空気でお互いを思いやっているそう思っていた。


だけど、この前親友からの電話で


「ごめんね、私、折角会えたのに、話すことをしないという態度をしてしまったでしょ。」


と謝られた。ちょっとは気にしていたが、しこりが残るわけでもないから、


「大丈夫だよ」


と返した。


親友は、実は淋しかった。と話した。 大晦日、夜ある程度まで大丈夫なのに、私は時間の制限をしてしまっていたし、スマホを持ちながら話していたこともあったし、随分と失礼だったと反省してしまった。


地元の友達といるときは、友達がいつもスマホを放さず、私の会話をおざなりにしたこともあった。

それが、ずっと”当たり前”になっていた。初めは、その友達に腹立たしさを感じていたのに、私は

当たり前の行動と捕らえてしまっていた。


そうだ、私、酷いことしてたな。


「ごめんね、私、当たり前の感覚になっていたよ。駄目だね、折角一緒にいたのに、ごめんね」


と謝りました。


当たり前と思っていた行動が、淋しさを感じさせてしまった、反省。


当たり前ではない、これは失礼なんだ、そう気付かされた。


また会う日は、親友の顔を穴が開くほど見てやろう!!ダンボ耳で話を聞こう、そう思った。