【自分に向かうか、他人に向かうか。
それとも、"目的"に向かうか?】
自責(じせき)と
他責(たせき)って表現
がある。
わたしは「自責」の方が
肌なじみがある。
何か不都合な現実や、
トラブルが起きたとき
「わたしが何かしたのかも」
と(とっさに)
思っちゃうタイプで、
つまり悪く出ると
勝手に(違うのに)
申し訳ないと萎縮しだす
意味のわからない
面倒くさい人
にもなりうる、😁笑
わたしと同じ
この自動・自責モードを
搭載していて
人とのコミュニケーションが
上手く行かない💦
になりがちな方は、
[あなた] が気まずそうで
申し訳なさそうで
無価値感や
罪悪感をもっていると
一緒にいる [相手] は
心が落ちるというか
悲しくなるから
[相手] に負担をかけている
んだなって視点が
抜けやすい気がする。
もし、[あなた] が気まずそうで
申し訳なさそうで
無価値感や
罪悪感をもっているのに
それを良いことに
もっとタスクを増やしてきたり
[あなた] のせいだからね!
を強いてくる人は
きっと [あなた] にとって
不健康な相手だから
[その人] に気に入られる方法
よりも
[あなた] にとって
健康的な、
[あなた] が気まずそうで
申し訳なさそうで
無価値感や
罪悪感をもっていると
悲しくなったり
そう思わなくていいのにな
って感じる人たちに
喜んでもらえる方法に
切り替えたほうが、きっといい。
いつものごとく
話をずらしてしまったけど、
過去わたしは、
この自責モードをしていれば
間違ったことには
ならないんだ
と、思い込んでいた。(??)
(犠牲者マインドすぎる🙃倒立)
わたしには、
[被害者] になることより
[加害者] になることのほうが
恐ろしいことだったので。
でも、
自責になる(I)、他責になる(You)、
という2極じゃなくて
(社会のせい、環境のせい、も同じく)
3番目があるんだよね。
目的は何なのか?
という第3者目線(It)。
自責でも
他責でも
ひとを責めてることに
変わりはなくて
どっちが良い悪いもなく
エネルギーの向きが
反対なだけで
やってることは同じなんだ。
他責の人が
わがまま、身勝手、自己中心的
みたいなイメージもあるけれど
いや、自責の人が
自分から犠牲者ぶることで
相手をコントロールしようとする
消極的わがまま、身勝手、
自己中心的パターンもある。
エネルギーの向きが
反対なだけで
やってることは同じだから。
そもそも、この
不都合な現実やトラブルは
何が問題なのか?
これを受けて、
わたし(たち)は
「どうなっていきたい」のか??
(解決したい、再発を防ぎたい、啓蒙したい、周りに協力を求めたい、仕組み化しておきたい...etc.)
このゴールを持った前提で
初めて、真なる自責・他責が
始められるのだと思うんだよね。
そのゴール🚩も立ってないのに
いつものクセで人を責め立てても
ただ鬱憤を晴らすだけだったり(一過性)
大切な人(自分や他者)との
さらなるわだかまりが増えるばかり
になっちゃうと思うから。
イヤなことですら
望ましい現実・未来創造に
活用していけちゃうような
かっこいい人間を生きてみたいよね💪
#そういう人に出会うと感動する
#なんと清潔な機能的高次思考力と思う✨️
#オタクすぎる投稿でした
💎「あなた」を表現したい方へ。
あなたをクリスタライズする世界観デザイン
💎無料メールマガジンをお届けします
これからを明るく、楽しく、気持ちよく生きていくために
※icloudなどのAppleメール、yahooメール、携帯メールは届きづらいためご注意ください
※注:登録後、自動返信メールが届かない場合は迷惑メールフォルダをご確認ください😊
dona nobis pacem.


