最近、会う友人、会う友人に

話を聞くたび

「ノート(自己対話)をすすめる存在」

になっている。

おそらくは、

彼女たちの潜在意識から

「ここはひとつ。

 ...ええ、コハサンからね、

 この子にね、自己対話っちゅーもんを

 勧めてほしいんすわ...😎👋

と、揉み手よろしく

言われている感じがある。

なので、その存在と結託して

どうやって「自分に集中」した世界に

引きずり込むか?

を目論んでいる気持ちになる。

※人生の選択はすべて、自由意志に委ねられています。

※ご安心ください✋️

みんなもやっているか

分からないんだけど、

わたしは相手と話しているとき、

その「相手」にめっちゃ集中するけど、

その「相手」がカメラの

レンズにいるとしたら、

その奥にいる、

そのファインダーを覗いている、

「存在」をめっちゃ集中して観ている。

前後の話、

背景や文脈から、

はあ。

こういう分岐で

こういう必須条件でこうなっていて、

この状態を彼女は不快で、

なら変えたいところはこれで、

こうこうこういう目的で、

こうこうこういう筋書きで、

こうこうこういう存在を欲しいのかな。

と思いながら話をしている。

共感覚や、人生の漫画家

みたいな目線で

妄想しているともいう。

ただ、その視点から観て、

順序を並べ替えて、

彼女たちのOSに翻訳して伝えると、

みんなが一様に

「だからかー!」

「ほー!😲」となるので、

それが幼少期から身に着けなきゃ

いけなかった仮面とか

作った受け答えが吹き飛んで

すごい生き物のままだから、

わたしはその会話がとても好きで、

どうしてもそこに行ってしまう。

話が戻ると、

友人たちがいう、

「自分が分からない」

「今までの基準が信じられない」

「分かっていても進められない」

「自分のやりたいことが分からない」

といったお悩み事が全部、

ああっ、もう、ノートを書くんだ!!

と雑になってきていて、

⇧のことを打ち明けてくれる子たちは

大体みんな、

「やろうとしたけど続かなくて」

って言うんだーーー(叫び)

今言ったことを忘れないように

とりあえず文字に書いて、

もっと細かく、しつこく、繊細に、

自分に見事にフィットする、

違和感がまったくない言葉にしてあげてくれ!!

と、思うこと多数。

他ならぬ、あなたのために、

ポロポロとこぼれて

砂みたいに飛んでいってしまう

フワフワした誰でも言うやつじゃなくて

いつも芯をくうような、

ああっ、そうだ、これだー!!

っていうような

砂漠で水を飲んだ、みたいなくらい

体にあっという間に浸透する

言葉(だけ)をたくさん見て、注いでほしい。

と、思ってしまう。

ノートを書いていると、

目に留まるものも、研ぎ澄まされて

ちゃちな(好みでない)発信も

砂嵐みたいに不快で弾きやすくなるから

人に飲み込まれやすい人、

強い物言いでものを買っちゃう人、

NOが言えない人も

魂の尊厳のためにノートを書いてほしい。

頭で書くやつじゃなくて、

体で書くやつ。

でも、同時に、わたし自身が

自分の感情が分からなかったし、

言葉にできなかったし、

他人ばかり考えていて自分を知らなかったし、

細かく、しつこく、繊細に、

自分に見事にフィットする、

違和感がまったくない言葉をずっと探してきて、

今もその最中にいるんだよなあと思う。

面白いよねえ、世界。

 

 

 

 

 

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