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フェドセーエフ × N響

昨晩テレビでN響の定期公演を聴いた。偶然のことだった。見ていたチャンネルでは動物殺処分のドキュメンタリーが始まるようだったので、とにかく別の局に切り替えようと思ったのだ。

たまたまチャイコフスキーの弦楽セレナーデが始まったところだった。すばらしかった。先日ひどくつまらないチューバかなにかの交響曲を(やはりテレビで)聴いたあとだったので、なおさら、N響を見直した。客席も8割~9割埋まっていて、なかなか満足の様子。前回は客席がガラガラで、退屈しているふうに見えたもんで。

何がすごいかって、弦楽器の弦の音色と、奏者のテクニック(特に右手)の確かさ。そして指揮者のウラディーミル・フェドセーエフ氏の、曲にマッチした指揮。しごくあたりまえのことだと言われそうだが、最近あまりないヒットだった。これはCDやDVDを買ってよいレベルだとも思った。文句をつけるとしたら、カメラの位置か。あちこち映しすぎだし、第2バイオリンがあまり映らないし、後方からのアングルには違和感があった。

印象だが、昨日のセレナーデは、N響の弦楽器パートのなかでも、よりすぐりの奏者で構成されていた感がある。そこまで上手くない人もいたが、前回のがっかりな回にはいなかったとびきり上手い奏者が数名出ていた。うすうす気づいてはいたが、N響の内部でも、上手い組とそうでもない組、または管メインの曲に向いている奏者と、弦メインの曲におあつらえ向きな奏者とがいて、曲目に応じて割り振られているのではないだろうか。歌うようなメロディの部分では特にチェロがよく、細かい音の続く部分ではバイオリンがよかった。弦楽器のよさの伝わってくる一曲だった。