【昔の新聞=1銭 (ーカ月=23銭)】

茨城で1891年7月5日「いばらき」という新聞が創刊されました。「茨城新聞2021.7月5日」の解説によると、当時の価格は「1部=1銭」「ーカ月=23銭」らしいです。ということは毎日新聞を発行していたワケではない※ということでしょうか? それとも、一ヶ月契約で割安になっていたのでしょうか?
※「1部=1銭」なら「ーカ月=だいたい30日=30銭程度」にならなきゃおかしいのに、「ーカ月=23銭」のため。
1銭=0.01円なので、
23銭=0.23円
URL:https://yaruzou.net/hprice/hprice-calc.html
を用いて、計算したところ当時の1円は5777円っぽいので、当時の1部の価格である(1銭)0.01円は「約58円」。
単純に今よりも新聞が安かったっぽいですね。
【昔の新聞=1銭 (ーカ月=23銭)】
1950年(1ヶ月)= 70円(今で言う約4500円)
1979年(1ヶ月)=1500円(今で言う約2029円)
2013年(1ヶ月)=3925円
こうしてみると、「4500円→2029円→3925円」と下がった時期もあったんですね。経済事情には詳しくないので、1979年に新聞自体の需要による価格の下がりかどうかがわかりません。
これらの価格情報は、「年次統計」参考→https://nenji-toukei.com/n/kiji/10068。「年次統計」がデータ出典として使っているのは「小売物価統計調査」だそうです。
【刊行後5年で漫画】
茨城新聞2021.7月5日の解説によると、1896年には漫画のようなものが投稿されていたようで、「小川芋銭が本紙に漫画(挿絵)の投稿を始める」と書かれていました。
【刊行後30年で初の女性記者】
・1921年に茨城新聞初の女性記者・小松原暁子(本名:猿田千代)が入社
※茨城新聞2021.7月5日の解説。刊行後30年で初の女性記者
社員自体は、女性社員はいたとは思いますが、記者としては創刊後30年たってからとは、この時代は女性=家事みたいな時代だとは思いますが、少なく遅いと言わざるを得ない。
出典:デジタル大辞泉プラス「いはらき」
日本の地方新聞のひとつ。1891年に水戸で創刊。第二次世界大戦中の新聞統合政策により「常総新聞」と合併、「茨城新聞」となる。戦後1947年から題字を「いはらき」に戻すが、創刊100周年となる1991年に題字を再度「茨城新聞」に改め、現在に至る。
参考:https://ibarakinews.jp/hp/history.php?elem=gaiyou
【新聞の価値がとてもあった状況】
1945年に8月2日未明、水戸市は米軍機の空襲を受け、市域の約8割強が焦土と化しました。そのときに、「被害状況、食糧の配給、預金の払い戻し、交通の復旧」などを知る手がかりが市民にはありません。
そんな中、新聞号外を社員が手配りで読者の元に届けたそうです。
現代では、新聞よりもスマホ・PCからネットでニュースを知るほうが早いし、情報源・検索の仕方などによって新聞よりも信頼できます。そのため、新聞の価値がかなり低下しています。しかし、空襲にあったときの話を聞くと、そういった状況では「市民の唯一の情報源」という価値になったようですね。
現代でも、ネット通信が使えなくなった、危機的状況なら新聞の価値があるかもしれませんね。しかし、そういう状況には絶対になってほしくないし、危機的状況でもネット通信が使えるような電波を拾う場所がいくつもあるような事前防御してくれたほうがいいです。