2019年JAF全日本ラリー選手権第9戦
「第47回MCSCラリーハイランドマスターズ2019」
旅の途中
CMSC選手結果および各クラス上位結果は
https://ameblo.jp/cmsc-yokohamasugar/entry-12536689712.html
大会のひとコマは
https://ameblo.jp/cmsc-yokohamasugar/entry-12536775618.html
結 果 主催者HP https://mcsc-rally.net/highland-masters/
リザルト
https://mcsc-rally.net/highland-masters/wp-content/uploads/2019/10/20191013_results.pdf
JAFポイント情報 http://jaf-sports.jp/competition/point/rally.htm
JRCAHP http://www.jrca.gr.jp/
1 自宅出発
①② 広島県タカタ全日本ダートラから帰ってきたばかりなのに、10月10日(木)夜から全日本ラリー第9戦の開催地・岐阜県高山に向かいました。大型台風19号が心配ですが、行くしかないか。
2 諏訪高島城 続日本百名城 (長野県諏訪市)
①② 400年ほど前の1598年(慶長3年)、豊臣秀吉の家臣「日根野織部高吉」により築城。その後諏訪氏の居城としてその威容と要害堅固を誇ってきました。
かつては諏訪湖に突き出した水城で「諏訪の浮城(すわのうきしろ)」と呼ばれていましたが、江戸時代初めに諏訪湖の干拓が行われ、水城の面影は失われまし。しかし、浮城の異名を持っていたことから日本三大湖城の一つ(後の2つは松江城 膳所城)に数えられています。
忠臣蔵で有名な吉良上野介の嗣子義周(よしまさ)は赤穂浪士討ち入り後、ここ高島城に配流・幽閉されました。
③ 冠木橋(かぶきはし) 本丸に入る橋
④ 冠木門(かぶきもん) 本丸に入る表門です。冠木門とは 柱と貫(横木)だけで造られた屋根の無い門の事ですが、後世に櫓門に作り換えられ名称だけ残ったものと思われます。
⑤ 諏訪湖側の天守の下は、昔は内堀がありましたが、今では埋め立てられ道路になっていました。
⑥ 川渡門 城が諏訪湖に面していた時はここから湖の舟に乗ることができました。
⑦ 本丸御殿跡は庭園風公園になっています。
⑧ 多門跡近くに芭蕉の句碑を見つけました。「花に遊ふ 虻那くらいそ 友雀」
句意 花にいる虻(あぶ)にも存在する価値がある だからその虻を食べたりいじめたりしてはいけないよ。雀たちよ 仲良くするのだよ。
⑨⑩ 諏訪湖
3 木曽路奈良井宿 (長野県塩尻市)
①② 国道19号線贄川(にえかわ)の南、 中山道木曽路北の入口に「是より南 木曽路」の碑があります。
③④⑤⑥ 奈良井宿 昨年も立ち寄りましたが、何度行ってもタイムスリップ、風情がありました。
⑦⑧ JR奈良井駅
⑨ 仁孝天皇の第八皇女和宮 親子内親王は江戸幕府第14代将軍・徳川家茂の正室に降嫁。1万人以上の行列で京都から中山道を通って江戸の徳川家に嫁入りを果たしました。中山道の各地には当時の和宮降嫁行列の華やかな再現イベントが行われています。
⑩ 宿のあちこちに長野県製薬「御岳百草丸」のパッケージ広告。 胃弱 胃のもたれ 二日酔いに効くと書かれています。「大田胃散」と同じ効用のようです。
4 三菱GTO廃車コレクション
①② 薮原と木曽福島の間で、古き三菱車を昨年も見ましたが、今回はGTOだけありました。 1970年代に生産販売され一斉風靡した初代GTOですが、朽ち果てた姿は憐れでした。実は小生も初代GT0に乗っていました。
③ 昨年この位置に置いてあった、いずれも錆びついたFTO セレステ 初代ギャランはすっかりなくなっていました。
5 マツダ・キャロル
①② 途中の道の駅で、現役のマツダ初代「キャロル」を発見。車はやっぱり動態保存してこそ価値があると思います。初代キャロルは1960年代に生産販売され、軽規格の360ccながら水冷4ストローク4気筒OHVで、リヤ横置きに搭載した後輪駆動車でした。我が家では親父が乗っていましたので、小生は助手席でした。
6 開田高原久藏峠
① 久藏峠は木曽福島から高山に抜ける国道361号線上にあります。 塩尻から高山に抜けるのは国道158号線安房トンネルルートもありますが、交通量が少なく勾配がゆるいと思われるこちらの361号ルートを選びました。
② 久藏峠展望台から標高3067mの御岳山が一望。しかしながらこの日は雲がかかって上半分は見えませんでした。
④ 国道361号線の長野県岐阜県の県境は長峰峠。標高1350mです。ここを越えれば高山までは下る一方です。
7 飛騨古川
①②③ラリー1日目の金曜日は翌朝SS1が行われる近くの道の駅で車中泊しましたが、2日目土曜日は台風19号の影響で高山も大荒れなので、飛騨古川に住む知り合い浜田雅郎さんの家(③の写真)に泊まりました。
浜田さんは小生が45年前川崎三菱自動車販売(現東日本自動車販売)の営業マンをしていた時の先輩。飛騨古川には28年前に引っ越してきたので、以降ちょいちょい立ち寄ったり泊まりに来たりしています。
翌朝は7時にはSS8大山線に入るので、小生は早々に休ませてもらいました。
④ 森大樹さんは浜田さんの友人で、神戸の実家に帰る途中、高山経由で立ち寄ったとのことです。
⑤⑥ 飛騨古川は、飛騨の伝統的な建築技術が随所に見られる美しい街並みが残る町です。日曜日SS8に向かうため夜明け前に浜田さん宅を出発したので、まだ真っ暗でした。
⑦⑧ 瀬戸川と白壁土蔵が美しい。
⑨ こんな感じでしょうか?(電光看板です)
⑩ JR飛騨古川駅も周りの街並みに調和した白壁土蔵風です。
8 帰路通行止め
①②③ ラリー終了後は行きの逆走で、高山から国道361号線で木曽福島へ、木曽福島から国道19号線で塩尻。ここまでは道路もすいていて順調。しかし塩尻から関東へ抜ける道は、台風19号による災害で高速も国道もあちこちで通行止め。カーナビは甲府~山中湖~御殿場~東名または国道246号線のう回路を案内していましたが、時間のかかる遠回りのう回路をやめて大月の裏道を探して、関ケ原の合戦の島津義弘よろしく中央突破。ロスタイムは小一時間、23時30分その日の内に帰宅できました。