戦国のススメ
現在、ガラケーの方では弊社が運営するサイト「戦国のすべて」が協賛楽座の1スポンサーとして並んでおりますが、本日よりdocomo(dメニュー)限定ながらスマホの方でも掲載を再開しました(以前一時期出ていたことがあって今日から復活しました)。
この「戦国のすべて」は長年キャリア公式サイトとして運営しているもので、城めぐりにも世論調査やクイズや写真の素材を供給してくれている源、温泉風に言うと源泉かけ流しのサイト(・∀・)?でもあります。
今日は楽座への掲載再開を記念して同サイトの人気コンテンツともなっている[武将列伝]コーナーから城めぐりユーザーのみなさんのために無料で1本拝借してまいりました。帰りの電車でこっそりお読み下さいm(_ _ )m
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[武将列伝] 見返りをさらに要求して自滅
~江良房栄(えら ふさひで)~
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「戦国のすべて」ではこの[武将列伝]のコーナーの他にも[異説伝説]や[人物事典]、[家紋]や[カレンダー]の待受などなど、毎日ディープなコンテンツが更新されています。
ぜひ一度ご覧になって頂ければ幸いでございますm(_ _ )m
この「戦国のすべて」は長年キャリア公式サイトとして運営しているもので、城めぐりにも世論調査やクイズや写真の素材を供給してくれている源、温泉風に言うと源泉かけ流しのサイト(・∀・)?でもあります。
今日は楽座への掲載再開を記念して同サイトの人気コンテンツともなっている[武将列伝]コーナーから城めぐりユーザーのみなさんのために無料で1本拝借してまいりました。帰りの電車でこっそりお読み下さいm(_ _ )m
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[武将列伝] 見返りをさらに要求して自滅
~江良房栄(えら ふさひで)~
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江良房栄(えら ふさひで)は最初は大内義隆に仕えたが、家臣の陶晴賢が謀反を起こして義隆を殺害すると引き続き大内義長(大友宗麟の弟)を当主に擁した晴賢に仕えた。晴賢の家臣では弘中隆包と並ぶ知勇を備えた名将として知られ、安芸の国人・毛利元就と協力して尼子氏とも戦っている。
陶晴賢に代わって政権を掌握したい毛利元就は地道に力をつけ、晴賢を撃つ機会を待った。天文23年(1554)3月に石見の吉見正頼が晴賢に対して反乱を起こすと、元就も晴賢から離反した。そして晴賢の討伐を受ける前に江良房栄に内応の誘いをかけた。最初は渋っていた房栄も何度も破格の条件で誘われたため、翌年2月、ついに誘いにのる。
しかし、江良房栄は欲深い人物で元就の提示した300貫の知行を不服とし、さらなる加増を求めた。これに対し元就の長男・隆元は怒り、元就も房栄を味方に引き入れても危険な人物と判断。内応させることを断念し、逆に「房栄は元就と通じている」という噂を陶晴賢のいる山口へ流した。このため房栄は3月16日に晴賢の命を受けた弘中隆包に岩国の琥珀院で謀殺される。
こうして房栄を葬った元就は陶氏の弱体化に成功。10月に雌雄を決した厳島の戦いで陶晴賢の大軍を破り、晴賢を自害に追い込んで中国地方の覇者としての名乗りを挙げるのである。
(文・小出文彦)----------------------------------------
「戦国のすべて」ではこの[武将列伝]のコーナーの他にも[異説伝説]や[人物事典]、[家紋]や[カレンダー]の待受などなど、毎日ディープなコンテンツが更新されています。
ぜひ一度ご覧になって頂ければ幸いでございますm(_ _ )m




