九州のおさらい
本日から師走と言うことで、通勤電車の車窓から猛ダッシュしている師匠を見かけた方も多いと思いますが、大河ドラマもいよいよ残すところあと2回となってまいりました(なお、最終回は選挙の影響で12月14日→12月21日に変更されてますので気をつけましょう(・ε・))。
12月7日の放送では「如水最後の勝負」というタイトルからも分かるとおり、関ヶ原の混乱に乗じて九州で挙兵した如水が描かれます。作中では、近頃やけにニヤニヤしていてアドレナリンの分泌が止まらない如水ですが、関ヶ原前後の九州の事情をよく分かっていないと、なんで如水があんなに軍師ーズハイになっているのかが理解できないと思いますので、今日はそのあたりのおさらいをしてみたいと思います(´∀`)/
※スマホでも見にくいであろう細かい図ですいません。無いよりはあった方がいいかと...。
後々色が変わる人もいますが、黒が東軍で白が西軍です。ご覧の通り、当時の九州は小大名が乱立し、大身の大名も多くは上方に上っていて(小西・毛利・立花など)、まさに一旗揚げるには絶好のチャンスだったわけです。
そのチャンスをものにしようとしたのが、如水と元豊後の大名である大友義統です。如水の頭脳があれば、オレ東軍だよ感を醸し出して加藤清正をコキ使い、留守番だらけの西軍諸城を平定して天下に名乗りを上げることも夢ではなかったでしょう。
一方の大友義統も、大河でも描かれていたように三成と輝元にそそのかされて旧領回復の夢を実現するため豊後に上陸して挙兵します。
そして両者は「石垣原の戦い」で激突するのです。結果はだいたい雰囲気で分かると思いますが、ネタバレになるので念のため書きません\( ̄ー ̄;)
ちなみに、その他の人たちの動向について見てみると、東軍方で唯一まともに大軍を動かせた加藤清正は意外と地味な活動に終始し、義弘が関ヶ原に参戦した島津氏も、全然活発な動きをしてません。
そんな状況だったこともあるので、なおさら関ヶ原が1日で決着してなければ如水も・・・、と考えたくもなってしまうというもんです。
おさらいは以上です。次回の「如水最後の勝負」に期待しましょう。
壮大な合戦シーン、お願いします( ̄□ ̄;)!!
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