明智光秀 | 「ニッポン城めぐり」運営ブログ

明智光秀

すでにご存知の方もいるかと思いますが、2014年の大河ドラマに明智光秀というプランが出ているようです。報道によるとまだ有力な候補に挙がっている段階のようなので、ぬか喜びできませんが、実現すれば「戦国武将」が主人公の大河は天地人以来5年ぶりとなります。

とはいえ、歴史に興味のない人からすれば、「明智光秀=本能寺の変」というワードしか出てこないと思うので(もしくは、今流行りの「平成の明智光秀」)、今回は気が早いですが、そんな光秀関連の城郭をおさらいしてみましょう(・ω・)/

出身地
はい、いきなり諸説あります。ひとつは岐阜県可児市にある「明智長山城」。城下の寺には歴代の墓があります。もうひとつは「明知城」(同恵那市)。こっちには産湯の井戸といわれるものがあります。

その後、いろいろあって越前「一乗谷城」の朝倉義景に仕えたと言われます。いずれにしても、この辺りはまさしく謎多き男。

信長家臣時代
ここから栄達と心労の人生を送るわけですが、当初「金ヶ崎」の退き口(福井県敦賀市)や、「延暦寺」(滋賀県大津市)の焼き討ちで功をなし、琵琶湖畔に「坂本城」(同)を築きます。その後、信長によって各地に駆り出されますが(さすがドS)、本格的に経略を任されたのが丹波国。

京都府亀岡市の「亀山城」や「周山城」(同京都市)、「福知山城」(同福知山市)が光秀によって築城され、激しく抵抗した「黒井城」(兵庫県丹波市)や「八上城」(同篠山市)を攻略したことで丹波平定を成し遂げます。

ちなみに、「大溝城」(滋賀県高島市)や「大和郡山城」(奈良県大和郡山市)も光秀の縄張りだとか。

本能寺の変
いよいよ最期です。「本能寺」(京都府京都市)で信長を討った光秀は、「二条御所」(同)の信忠も討ち取り、ほどなくして「安土城」(滋賀県近江八幡市)も手中に収めます。しかし、秀吉がウルトラハイスピードで京都に迫ったために山崎の地で迎撃し、敗北。

いったん「勝竜寺城」(京都府長岡京市)へ退いた後に坂本城を目指し、途中で土民に襲われて落命します。

ということで、駆け足で光秀ゆかりの城を回想してみましたが、こうしてみると結構いろいろありました。しかも有名な史跡が多い( ̄□ ̄;)!!

もしも大河が実現するようなことがあれば、全国各地の“ゆかりの地”、特に「岐阜県」「滋賀県」「京都府」あたりが沸騰することは間違いありません。今からどうなるか楽しみです。

日光も沸くかな…?