トイレ事情 | 「ニッポン城めぐり」運営ブログ

トイレ事情

リアルな城めぐりは意外と時間のかかるものです。大規模な城であれば、1時間や2時間じゃとてもじゃないけど足りません。そんな時、ナーバスな事態となってくるのが「トイレ問題」です。

観光地化された平城であれば、各所に立派なトイレが設置されているので、心おきなく城めぐりに没頭できるのですが、ひっそりと山中に佇む廃城だと“いかに麓で出し切っておくか”にすべてがかかってきます。昨年のオフィシャルツアーで訪れた戸石城なんかは、登城口前に簡易トイレが普請されていたのでまだ心のゆとりがありましたが、それすらない所の方が多いです。

緊急時、男性であれば最悪ごめんなさいして…、ということも可能ですが(決してオススメしているわけではない)、女性の場合はより深刻です。

そんな現代のトイレ問題もありますが、では当時の人たちは城内でどのように「していた」のでしょうか?遺構の観点から見ると、例えば現在修理中の姫路城天守には厠と言われるものがあったり…

 

 

備中松山城には、雪隠跡と言われる遺構があります。

 

 

“と言われる”というのは、実はトイレ跡じゃなくて、抜け穴とか何とか別の説もあったりするのです。いずれにしても直接的なトイレ跡は遺構として非常に珍しいもので、基本的には城内では側溝を掘ってそこに排泄していたようです。他には江戸城平川門のように糞尿や死人を排出するための不浄門というものが残っていたりします。

このように排泄物は忌み嫌われるものとして扱われていたわけですが、江戸時代には庶民の「もの」より大名屋敷から出た「もの」の方が高く取引されたという肥料としての利用があったり、時代はさかのぼって、ご存知、楠木正成の千早赤坂城の籠城戦では、「それ」を大量に敵に浴びせかけて撃退しているのです。どちらも“エコ”な!?使い方です。

これ関連の逸話は他にもいくつかありますが、あまりやり過ぎると不浄なブログと言われかねませんので、このあたりにしておきます。ということで、今月は城アバターの施設カテゴリに「雪隠」が登場予定です(そこに手を出したか…)。

お食事中、失礼つかまつりましたm(_ _ )m