寺と城
城めぐりには、「~寺」や「~御坊」といった名前の城が収録されています。これらは「城郭寺院(または、寺院城郭・城郭伽藍などとも言う)」といって、その名の通り、寺院が要塞化したことを意味します。
すでに平安時代頃には、延暦寺(滋賀県)など、広大な荘園を有して多くの僧兵を抱え、時には武士や朝廷に強訴するほどの力を持つ寺院が現れます。当時の白河法皇が自分の思い通りにならないものベスト3をあげた有名な「天下三不如意」にも、鴨川の流れ・双六の目とともに、山法師(延暦寺の僧兵)が堂々ランクインしています(・∀・)
室町時代には、寺院とその周辺の町を堀や土塁で囲ったいわゆる寺内町が形成され始め、時代が混乱するにつれてそれらは自治・防衛の必要性から、より堅牢な構えへと変貌します。
戦国時代に入ると、ご存知一向一揆などの宗教勢力が各地に力を伸ばし、吉崎御坊(福井県)や山科本願寺(京都府)、本証寺(愛知県)などの大規模な拠点が続々と出現、大名の支配を脅かすようになります。
やがて、それらの勢力が武力によって制圧され平和な世が訪れる過程で城郭寺院も姿を消していきますが、尾山御坊跡に建てられた金沢城(石川県)や、石山本願寺跡に建てられた大坂城(大阪府)など、その立地と遺構が有効活用され大名支配の拠点となった例もありました。
このように、防御施設としての性格を帯びた城郭寺院が全国に数多く存在します。「●●寺城」という、寺院との関連を連想させる城郭が多数あることからも、日本では古くから寺と城とはきってもきれない関係にあることが分かります。
通りがかった寺の前に側溝があるだけで、「すわ、水堀かっ!」とテンションが上がってしまう方も、あながち脳が城まみれになっているわけでもないのです。もしかしたら、あなたの家の近くにもそんな城との関係が深い寺院があるかもしれません(・ω・)/
すでに平安時代頃には、延暦寺(滋賀県)など、広大な荘園を有して多くの僧兵を抱え、時には武士や朝廷に強訴するほどの力を持つ寺院が現れます。当時の白河法皇が自分の思い通りにならないものベスト3をあげた有名な「天下三不如意」にも、鴨川の流れ・双六の目とともに、山法師(延暦寺の僧兵)が堂々ランクインしています(・∀・)
室町時代には、寺院とその周辺の町を堀や土塁で囲ったいわゆる寺内町が形成され始め、時代が混乱するにつれてそれらは自治・防衛の必要性から、より堅牢な構えへと変貌します。
戦国時代に入ると、ご存知一向一揆などの宗教勢力が各地に力を伸ばし、吉崎御坊(福井県)や山科本願寺(京都府)、本証寺(愛知県)などの大規模な拠点が続々と出現、大名の支配を脅かすようになります。

織田信長による焼き討ちが行われた百済寺(滋賀県)
やがて、それらの勢力が武力によって制圧され平和な世が訪れる過程で城郭寺院も姿を消していきますが、尾山御坊跡に建てられた金沢城(石川県)や、石山本願寺跡に建てられた大坂城(大阪府)など、その立地と遺構が有効活用され大名支配の拠点となった例もありました。
このように、防御施設としての性格を帯びた城郭寺院が全国に数多く存在します。「●●寺城」という、寺院との関連を連想させる城郭が多数あることからも、日本では古くから寺と城とはきってもきれない関係にあることが分かります。
通りがかった寺の前に側溝があるだけで、「すわ、水堀かっ!」とテンションが上がってしまう方も、あながち脳が城まみれになっているわけでもないのです。もしかしたら、あなたの家の近くにもそんな城との関係が深い寺院があるかもしれません(・ω・)/