大坂城抜け穴 | 「ニッポン城めぐり」運営ブログ

大坂城抜け穴

先日地上波で『プリンセストヨトミ』という映画をやってましたね(夏の陣シーズンだから?)。まぁ映画自体の評価はそれぞれあるとして(・Θ・;)、その中で「大坂夏の陣で秀頼の子、国松が落ち延びた」というくだりがありました。、何やら抜け穴らしきところを国松が走って逃げるというものです。

確かに、夏の陣に関しては様々な伝説があって、真田の抜け穴と伝わるものも残っています↓

真田の抜け穴
画像提供:「戦国のすべて 

↑これは大阪市天王寺区の三光神社境内にある「真田の抜け穴」です(現在は7m先で行き止まりになってるらしい)。ここは当時真田丸の中にあって、ここから城下へ続く道があったと言われています。なんと大阪市内には10箇所以上の同様の伝承地があります。

他にも、有名どころでは秀頼が大坂城から脱出して薩摩へ落ち延びた伝説があります。よくある生存伝説のひとつだと切り捨てるにはもったいないほど興味深い話が数多くあります。

島津家家臣伊集院某が小舟で秀頼を救出した、真田幸村らに守られて落ち延びた、島津軍が兵糧を城に運び込んだ帰りに秀頼を運び出した、などなどあって、東インド会社平戸商館長リチャード・コックスの日記によると、豊臣滅亡当時からそんな噂は絶えなかったとか。

さらには、鹿児島市谷山には秀頼の墓と伝わる石塔があり、実際鹿児島には豊臣とその家臣の末裔という人々が数多く存在するらしい。そのひとり木下俊熈氏(豊臣家18世の末裔という)は、1968年に『秀頼は薩摩で生きていた (1968年)』という本まで書いてます。

信じるか信じないかはあなた次第です(古い)。