前回の続きです。

 「ケアマネジメントのもう一つのポイントは、期間の限定。支援の期間は限定する。延々と一生やらないようにというのが、ケアマネジメント。自立支援が基本。お別れする為の支援。ところが、日本の不幸な問題は、高齢者から入ってしまったから誤解が生じてしまった。高齢者がお別れする時はターミナルになる。障碍者の場合は明らかに、別れる為を目的にした介入で入るが、高齢者の場合、そのまま延々と何もしないまま行ってしまうということが起こってしまう。」

 とはいえ、現実は介護保険、障碍者自立支援制度の両方でエンドレスなケアマネジメントが中心になっているように思います。

 介護保険の場合は、スタートして6年経ってから介護予防が導入された。つまり、お別れする為の仕組みが後付けになってしまったのが大きな要因です。その仕組みを導入した根拠も、給付費抑制と制度の持続可能性の追求という視点からでした。

 また、障碍者自立支援制度も、介護保険との統合を前提とした制度設計で、結果的に見送られていることが、自立支援のための制度に進めていない要因だと考えています。

 ただ、自立支援のためのケアマネジメント、お別れする為のケアマネジメントに舵を切っていく必要性は十分にあり、そのためには、介護保険制度をひとつの社会資源として捉えたケアマネジメントを行なっていく必要があると思います。

 「ケアマネジメントで一番大事にする要素は仲介。困っている人がいて、その困っている人を助けるサービスがあって、その困っている人と助けるサービスをつなげる。そこに命を懸ける人がケアマネジャー。仲介をやるとお金がいくら。仲介をやらなければ、あるいは仲介で失敗したらお金が出ないというような計算が本来のもの。日本ではケアプランを作っていくらという話になっている。これは間違いだと思う。例えば、マニフェストを作っていくらではない。最終的にどういうお金が国民に配られたかという結論で評価をしていく。つまり、どんなサービスがその困った人に繋がったのかというところが、アウトカムだと思う。

 基本はネットワークのマネジメント。ミクロのネットワーク、困っている本人を取り巻くいろんなサービスをマネジメントすることがケアマネジメント。更にその上に組織。NPO、市町村など。メゾのネットワークを整備するということ。更にその上でその市町村と国の制度をマネジメントするマクロのネットワークというものがあって、ミクロのネットワークの積み重ねがメゾに入って、メゾの積み重ねがマクロに反映される。

また、マクロが整備することによって、メゾがうまく動いて、メゾがうまく動くことによって、ミクロが動くという、この全体的な循環を整備するということが、制度を保障することになる。」

 まさに、ケアマネジメントでの本当の意味での仲介の重要性だと思います。現状の居宅介護支援のように、ヘルパーが1回入っただけで給付管理が発生し、介護給付費が発生する、第2号被保険者が月の途中で65歳になった時に、介護給付費が2重で入るなど、このような矛盾が議論されないまま仕組みとして残されているのに、ケアマネの質のみ問題として取り上げられるのは非常に遺憾だなと思います。

 報酬が動く仲介であったかどうかについては、モニタリングのシステムがきちんと定められ、それを客観的に評価するシステムが必要です。そのためには、ケアマネジャーを指導できる高いスキルを持った指導者が存在することも重要な要素と考えます。

 「この目的は、セルフケア能力を伸ばすことであって、誤解されているのは、本人を快適に暮らさせることを目的にしている。これはいけない。本人は寝たきりの方が快適なので、寝たきりのままにしておいて欲しい。ケアマネジャーは、それを起こそうとする、自立支援をしようとすると本人に嫌われるので、そのまま寝たきりにする。これは効果としては無効だと思う。だから、本人だけの希望だけで動いているわけではもちろんない。それから、コミュニティー作り。1例を援助することによって、様々なサービスがネットワークを作っていく。1例目でもしケアマネジャーが失敗しても、2例目からはネットワークがうまくいけばそれは成功。ただ、なかなかこのケアマネジャーの失敗、成功というのは、1例1例だけで評価するというのは難しい。何例も失敗してようやくうまくいく。1回も失敗しなかったケアマネジャーは最悪のケアマネジャー。最初の1例1例だけを妙に評価すると、そのケアマネジャーは困難事例を避けてしまい、つまらないケアマネジャーを作っていってしまうので、この辺が難しい。

 ケアマネジメントの対象は、これも誤解しているが、重くて急がない人が対象。現在行われているのは、軽くて急がない人が対象。また、重い人、急に急ぐ人がケアマネに相談され、混乱しているが、こういう方は救急や危機介入のシステムが同時に動かないと、あらゆることがケアマネに任せられてしまう。自治体では、2000年当時、介護保険が出来たお陰で、保健師が皆、手を引いてしまった。だから、重い方が困ってしまった。保健師が動かなくなってしまったから。全て介護保険で対応することになって。急ぐ人は介護保険のケアマネは中々難しい。急ぐ人は保健師がやらなければいけないという点が忘れられてしまっている。

 あと、困難事例。イギリスでは複雑なケースと呼んでいる。複雑というのは本人の介入の複雑さと、その地域の複雑さが、両方交じり合っている。本来、どちらも複雑なものがケアマネジメントの対象。簡単な事例についてはケアマネジメントをする必要はない。ヘルパーを導入するのであれば、ヘルパーが入ればそれで終了。それを、ケアマネを入れたために大変なお金を使っている。この矛盾は早々に変更した方が良い。何度も指摘されているのにそのまま押し通しているから、更にお金が膨らんでしまっている。やはり症状が重く、内容も複雑で給付も高い人を選んでいくというその事例の選択は、まず最初の段階に必要。誰でも歳を取ったらケアマネジャーが介入すれば、途端に大変なお金を使ってしまう。そういう意味で選択性が非常に重要になる。」

 ケアマネジメントの対象とする人のスクリーニングはとても重要であると考えます。

 介護保険対象者全員がケアマネジメントの対象者である必要性もないと思います。

 ケアマネジメントの対象者を、もっと絞って、ケアマネジャー1人あたりの担当件数を20ケース程度にしてがっちり関わることが、本来のケアマネジメントを実施していく効率性も高めていくのだと思います。

 そして、要介護でも、単体のサービス導入によって、生活が成り立つようなケースは、行政がサポートし、複雑なケースには地域包括支援センターが連携する体制が必要だと思います。

 本来のケアマネジャーのレベルは、そこまで高められる必要があるのかなと感じながら仕事をしています。

※「」内の文章は、ブログ「UMM Ver.Clear ☆Shan Note☆」の内容を引用させていただきました。