バージニア工科大学乱射事件とアメリカの銃規制【3】憲法修正第2条の問題 | PAGES D'ECRITURE

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フランス語の勉強のために、フランスの雑誌 Le Nouvel Observateur や新聞の記事を日本語に訳して掲載していました。たまには、フランス語の記事と関係ないことも書きます。

今回は、5月15日の記事 の続きです。紹介した記事の中のインタビューです。

語り手は、ソール・コーネルSaul Cornell、オハイオ州立大学のSecond Amendment Research Center (憲法修正第2条研究センター?)所長という方です。 『武器の保有 - 神聖不可侵なものなど何も持たない権利』


DÉTENTION DARMES

« Un droit qui n’a rien de sacro-saint »



Pour Saul Cornell, directeur du Second Amendment Research Center de l’université d’Etat de l’Ohio, le laxisme actuel en matière de détention et de port d’armes n’est pas inscrit dans la Constitution américaine.

オハイオ州立大学・憲法修正第二条研究センター所長、ソール・コーネル氏によると、銃の保有と所持に関する現行の放任主義はアメリカ憲法に記載されていないという。

Le Nouvel Observateur. – 武器所有のロビーは、市民に武器の保有を許可する憲法修正第二条を宗教的に引き合いに出し、大部分のアメリカ人はそれが絶対的な権利であると説得されています。どういう根拠でしょうか?
Saul Cornell.– ブッシュ大統領の広報官がこの条項「武器を保有する権利が存在すると信じる」を思い出させるとき、修正条項の後半しか引用していません。完全な条文は以下の通りです。「十分に組織された民兵が自由な国家の安全のために必要であるから、人民が武器を保有し携行する権利は侵されない。」 典型的な言い落としです。当初は、修正第二条をめぐる議論は次のようなものでした。革命の間に英国人が武装解除しようと試みていたこの民兵組織をいかにして守るか?それは、イスラエルやスイスなどの国に見られるように、法の遵守の中で国家の管理下で共同体を民兵に組織するという考えを反映しています。そこには、各人が武器を手に入れ、したいようにするという考えは全く見られません。

N. O. – 修正第二条はどのように変化してきたのでしょうか?
S. Cornell.– 誕生後の30年間は、誰も予測していなかった現象が現れました。安価な武器が大量に到来したことです。それに加えて、より民主的で快楽主義的、個人主義的な社会があり、問題が変化しています。民兵を守ることが必要なのではなく、武器による暴力から身を守る権利を定義することが必要になっています。現代は銃火器の使用を管理する最初の法律が現れる時代です。もちろん、非軍事的な銃火器の使用がある程度の防御の役割を果たさないという意味ではありません。我が国では武器を所有する長い伝統があることを無視することはできません。

N. O.– しかし、今存在するものに匹敵するものはないのでは・・・
S. Cornell. – 確かにありません。この点では、武器を携帯する個人の憲法上の権利の名のもとに、ワシントンで銃火器を追放する法律を無効とする、連邦控訴院(高等裁判所)の最近の全ての決定が、まず最も心配なことの一つです。もしこの決定が最高裁で確定したら、武器の管理を目指すあらゆる努力が、実は神聖不可侵なものなど何もない個人の権利の名において、訴訟で異議を申し立てられる危険があります。修正第二条が今日ほど変造されたことはありませんでしたが、この条項が今日ほど行き渡ったことはないとNRAが言うのももっともです・・・彼らの解釈を受け入れれば!


出典:

PHILIPPE BOULET-GERCOURT(聞き手)

Le nouvel Observateur No.2216 26 AVRIL-3 MAI 2007



ちなみに、アメリカ合衆国憲法修正第2条の原文は


Amendment 2 - Right to Bear Arms. Ratified 12/15/1791. Note

A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.


日本語訳は、


修正第二条-武器を携帯する権利 1791年12月15日 批准

規律あるミリシャ(民兵で組織された市民軍)の結成は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し、携帯する権利はこれを侵してはならない。

上記記事の原文に出てくるフランス語訳は、以下の通りです。


Une milice bien organisée étant nécessaire à la sécurité d’un Etat libre, le droit qu’a le peuple de détenir et de porter des armes ne sera pas transgressé.

原文のStatesと仏語訳のEtat はどちらも「国家」と訳されますが、アメリカの「州」という意味もあり、歴史的にはどちらと解釈したらいいのか、わからないところがあります。


ブッシュ大統領やNRAのお偉方を筆頭に、アメリカの「保守」派は、「武器を保有する権利が存在する」という部分を強調し、前半を故意に無視しているようです。


NRAという団体が、恫喝という手段と豊富な資金を駆使して民主党にまで支持者を広げ、銃規制推進派議員の弱腰もあって、国家レベルでの銃規制強化にはつならがった経緯がありました。一方、市民が自己防衛のために合法的に銃を所持する権利を認めるとしても、重篤な精神障害者であっても、州によっては容易に銃を入手できる現実があり、また、護身用というには殺傷力の高すぎる拳銃が安価で売られてもいます。結局、なぜそうなるのか、明確な答えはありません。


それでも、一部の大都市では、共和党の市長であっても銃規制強化の方向に動いていることに希望が見出せないわけではありません。次期アメリカ大統領が誰になるかは知りませんが、ブッシュよりマシであることは確か。憲法修正第2条の解釈に関しても、少しはマシな展開が期待できるかもしれません。アメリカに住む予定も行く予定もない人間には直接関係ありませんが、「世界の警察」アメリカが、暴力と血に塗れた国であり続けることは、世界にとって好ましいことでないことは確かです。


蛇足ですが、今回まで引用した記事の中に、容疑者の顔と名前は出ていますが、アジア系であることすら一言も触れられていません。記事の趣旨と関係ないということもありますが、日本の一部の勢力が、犯人が「韓国系」であることで、鬼の首でも取ったかのように大喜びしているのとは対照的ですね。


ところで、憲法に関する故意の言い落としは、アメリカの保守系政治家の専売特許ではありません。しかもアメリカでは、それでもなお憲法を遵守しようという姿勢は見せています。一方、日本では、自国の憲法を蔑ろにしている勢力が大手を振って、政権トップの座を占めています。「国民投票法」などという法律が可決された日、この首相がテレビのインタビューで「九十六条」のことは言っていたのに、その三条後ろの九十九条を全く知らないというのでは、意味がわかりません。

憲法「改正」を目的とした研究会か審議会か知りませんが、お手盛り組織を作る前に、議員全員、憲法そのものを研究ではなく学習していただきたいと強く思います。


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