今週からネットが繋がらない。信号が不安定らしい。

サポートへ電話してモデムも交換したし、どうやら我が家の外のレベルで、何か原因があるようだ。

私と同じくらいたどたどしい会話のオペレーターによると、基地局の修理に一週間位工事がかかるとのことだが、果たして改善されるのか?

それで直るのであれば良いが、もしもの時、後の対応を考えると頭が痛い。

これは大本の旧関係公社による、私がフレッツへの勧誘を断り続けた腹いせなのか、私に怨みを持つ通信関係機関の者による仕業か?

とりあえず疲れたので、トリップして寝ることにする。

春先にでたBJMの新作は、タイトル通りマイブラをさらに地下で腐らしたような感じで、音も素人MIXだから、正直まともな状況では聞けないが、ドロドロなジャーマンサイケと解釈すれば聞けなくもない。

雑な演奏と退屈なまでのリフレインにトリップしそうだ。


寝る前に合わないわけがないぜ。

今朝、何となく通勤のあいだに聞いてみたくなってカーステで音量大きめにしまところ、意外に運転中合いました
退院してからというものの、自分の体が思うようにならない。


全ての事柄が中途半端になってしまって、一度築き上げたものが崩れていくのはつらい事だ。


回復するまで我慢するにも、目の前で気が遠くなるよな長い道のりを見せ付けられているようで、正直つらい。

創造力も3フィンガーピッキングも訛ってしまった。


何でこんな事になってしまったんだろう?


再発するのかなと考えると、さらに自信が無くなってくる。


真空管アンプはとりあえず精神的余裕が出てきてからじゃないと無理、
買った方が安いと感じる。


やるべきことが多すぎる。


何も残ってない。今はそんな気分です。


アレックス・チルトンの80年代後半の2枚が1つになった2枚組みCDを半額価格で購入。

1枚入ってなかった。

ふざけるな!

返品めんどくさい。


退院してからいいこと無し。入院自体ついてないが…。


真空管ギターアンプを作成するためただいま勉強中。
6月8日位から熱が出て、その日のNHKのエコ番組でパフュームがやはり口パクでエコだったことが原因ではないのだが、原因不明の熱により死にそうになり、なかなか回復しないため7月から一ヶ月以上入院するはめになった。

雑誌くらいの本を読む元気が出ててきた頃に、ドクタースランプを1巻から4巻抜きで5巻迄読破した。一巻分のブランクの間に則巻センベイが結婚していたので、いたたまれない気持ちになった。


あと、テレビぐらいしか娯楽がないので、かじりついて一日中見ていると、崖の上のポニョばかりだった。

注目は、ヘタウマ歌声の女の子であるが、最近あまりに人前で歌うことが多くなったため、歌が上手くなってしまったとのとの事である。

また、いたたまれない気持ちになった。

だれも見ていないと思うが、これからチョコチョコ書いていこうと思う。


たまたま見てしまったなら、コメントの一つでもいただきたいな。

毎日書いてもいいよ。(但し、迷惑な書き込みは除く。)



近況としては、まだまだ。田舎に戻り、自宅録音環境を整えるのには、引越しが未だ完成していないのもあるが、

経済的にも時間がかかる。とはいえ、近所じゅうに騒音を毎朝撒き散らすのが日課になりつつある。


先週の休日は引越しの続き。減らしたとはいえ600枚近いレコードを運ぶのは重労働。


やっと終わったって汗だくの中、たまたま高校時代のテープを発見する。


紛れも無い思春期をサイケデリックに捧げてしまった俺の迷惑の結晶がたくさん発掘された。



まだまだ音源はたくさんあるので、他にもあるとは思うが、とりあえず聞いた音源からすでに衝撃的だった。

ボブと二人でやった音源だ。爆音でカシオトーンを演奏して、そこに色々なアイディアが炸裂するという

迷惑防止条例が即執行されそうな作品。


サン・ラとスーサイドが一体化して何がしたいのかわからないという相当意味不明な状態。


しかしながら、明らかに巷にあふれているサイケを語ったようなものでは、到底及ばない暴力と宇宙がそこには

封じ込められている。青春の切り売り、負け犬根性丸出しのゴミなど微塵も感じさせない。とてもクールだ。


パンク或いはハードコア。いや、アシッドの真髄を7年前に表現していたことに、我ながら驚愕に値する。


今、このような音楽を自分自身再現することは出来ないだろう。、いや、人がいないだけで、きっと出来るけどやらないと思う。


唯、一つだけいえることは、あの頃から自分自身の本質は何も変わっていないことは断言できる。

例え、どんな音楽をやろうともあの頃の精神性は、未だに自分自身の音楽に宿っている。


大事な友を失っても、皆、音楽から離れてしまっても、自分はずっとずっと音楽をやって生きたい。


「お前らの仇は俺が取ってやる!」そう決意をした一日でした。


嗚呼、鍵盤が欲しい。



次回は、レコード・ロハスっていう言葉について語ってみようと思う。

















日曜は十代暴動ナイト20に出向く。



正直、前日の飲みのおかげで二日酔いも酷く、むしろ行く気は無かった。


理由は色々あるにせよ、まず前日に二日酔い必須の飲みの予定が先に決まっていたからだ。



それが、不思議なもので夕方目が覚めると何とか体は動いた。自然にライブハウスに向かっていた。


おそらく、みんなとまともに会える最後の時だったからかもしれない。


思えば、自分の音楽に行き詰まり、たまたま見かけた駆け出しの頃のおとぎ話を知ったときから、


レシポン、clisms、muddy、カルピス、もんでん、イノウエ君…


色んな人や音楽との出会いがあり、勇気をもらい考えさせられた。


そして今、僕は一つの結論に至ったのだ。




「戦闘機にさようなら、残るのはスカイライン」




お茶を濁そうとしているわけだが、いろんな意味でこのレシポンの歌詞の一部に集約されるような気はする。


本当にありがとう。これからもよろしく!





そんな感傷に浸っている暇もなく、ライブ後半に会場にいた高校の同級生から、同じく高校時代の友人の訃報を知る。



まさかそんな?


体の底から悲しい震えのようなものと同時に頭の中が真っ白になった。いろんな思いが交錯して、場所もわきまえず目に涙が浮かんできた。


とっさに出来たことは、彼とも親友の、よく僕の話に出てくるレコZ君にその真偽を確かめて、デマであることを願うことだった。


結局連絡は繋がらなかったが、だいたい理解した。



その後の演奏していたペンペンズを観ても悲しい気持ちにしかならなかった。


もちろん演奏は素晴らしかったけど、まるで線香花火のような寂しい気持ちでしか聞けなかったのだ。



今となっては疎遠だったが、彼とは良く遊んだし。少なからず自分の今を創ってくれた恩人でもある。


彼がいなければこれほどまで、音楽が好きにはなっていなかっただろうし。れこZ君を引き合わせてくれたのは彼である。


レコZくんが高1の春音でジザメリを演奏したとき、一緒に衝撃を受けたし。一緒にアコギ部屋で練習したり。お好み焼きで遊んだり。


フライドポテト。目の保養。 I wanna be your man のベースライン。思い出すだけできりがない。


そういや、そのとき僕は何故かふらふらだったけど、彼女に振られて落ち込んでたの微かにおぼえてるな。



受験の頃にはすっかり会わなくなって、久しぶりに電車の中であった時、話して



「俺は普通の人間だから、頭のいい人に追いつくには、その倍勉強して努力すればいいんだ。」



という一言が、今でも僕を律してくれている。もともと頭良いのに本当に頑張り屋さんだった。


卒業してから彼は京都に行ってしまい、それから一回しか会わなかったし、


その後の彼のことはわからなかったけどきっと頑張っていたんだと思う。


僕は彼のすべてを知っているわけでもなく、僕が偉そうに彼のことを言えた立場ではないのはわかってる。





でも、君はさよならしても、君の残したスカイラインは僕の目にずっと焼きついているよ。



それにしても、あまりにも悲しすぎる。会いたいなと思っていた矢先なのに。


風の知らせながら僕に教えてくれたんだね。


ちょうど君が旅立ったとき、僕は実家のピアノの修理のこと考えていて、


君から借りて返していないピアノ教本のことが頭を頻りによぎったんだよな。




なぁK。


Sもお前らいなくなるの早過ぎるよ。






昨日から柴又の伯母の家に遊びに行った。

そして久しぶりに帝釈天へ。
taish


原宿のお洒落番長も思わず唸ってしまうであろう、ヴィンテージの農協のキャップ(JAではない)にスウィンギンロンドンなワンピをあわせてくる凄いオバちゃんがいた。

教訓:原宿と柴又は紙一重。そして、携帯のカメラの限界を見た。

まさに妖精みたいなおばあちゃんと修学旅行生でいっぱいだった。

tora



寅さんは流し目で!


omikuz


でも、なんといっても本当の妖精はカラクリおみくじを引く女の子で決まりだな☆寅さんだけにマドンナだね。



同じく、柴又は帝釈天にて高木屋のくずきりに舌鼓を打ちつつ商店街をぶらつくとなぞの生き物たち発見!

nazo1 sasu



その後、近くの旧家山本亭の日本庭園に雅を感じ。

松戸と柴又を結んだ矢切の渡し(現在モーターボート)ので有名な江戸川の土手はシロツメグサでいっぱいだった。
dote

非常にサイケな体験でした。寅さん腹巻を買ってもらう(グレー)!おなか冷えないぜ。



まあ、もんでんが携帯・・・。




今日は暇すぎた。


酒でも飲んでみようと思うも、そんな気も起きず。


ギターを弾くにも腱鞘炎の関係があるからあまり弾けないし。本を読む気も無い。


まあ、そんな日があってもいいと思うわ。


もんでんが携帯持ったら話は別だけどね。






レシポンのライブを見て打ち上げ参加し飲んだくれて説教されて勇気をもらって朝方帰宅すると、ドアのポストに生活騒音に関する公的機関作成の資料が挟まっており、しっかり題名のところに赤ペンで丸マークさせておりました。



気にすることは無いけど。こっちだって我慢していることはあるし、そのやさしさに漬け込んでこういうことするのってナンなんだろうって思う。



朝洗濯しているだけで、うるさいって言われてしまうんだもの。参っちゃうよ。



それより楽器や音楽の音が煩いかもしれないね。そこは自分でも気をつけなくては!にんにん!!




だから今日はスピードグルー&シンキの2ndを小音量で聴いているのです。



このジャケは日本のロックのなかでも有数のかっこよさを誇っている。



しかし内容は1stに比べて全体的にもっさりした印象が強いのである。まとまりが無いというか。今聴いてみると確かにシンキさんのギターに頼りすぎてしまってる感は今も変わらないし、加部のベースは薬のやりすぎによる影響なのか本来の良さが無いように思ってしまう。



でも、曲単位では最高なものがあるだけに以前海外のコレクターの方もおっしゃっていたプロ-デュース不足が悔やまれるんです。全体を聴いても日本のバンドでこんなに泥臭さをもったバンドはおらんと思うのです。



話は変わるけど、どの音楽を聴いても思うんだけどすばらしい音楽の根底には泥臭さが流れているんだよね。ベック然り、ヨラテンゴもそう。シドバレットだって彼がブルース狂なのは有名な話。



それを他の人はソウルだとか魂だとか言うのかもしれないけど、だからといってブルースシンガーのまねをしろってわけでもなく、気持ちを込めてとか初期衝動のようなものでもないんです。それはカントリーミュージックにおける女性ボーカルの持つ質感というものが全米ヒットチャートに名を連ねているような女性歌手にも脈々と受け継がれていることを感じればわかってもらえるかもしれない。結局日本の場合ソウルとかいう大きな括りの名の下に真似事で終わってしまってるものが多かったりする。



表現する上で人に伝える方法は数あれど、音そのもので惹きつける場合に重要な要素であるのは間違いないんだろうね。



それは、サイケとかノイズにもいえることなんじゃないかな?絶対よいものには僕のいう泥臭さみたいな根本的なものがあるように感じるんだよね。僕好きなブライアンジョーンズタウンマサカーやウォーロックスたちにはもともとアメリカ音楽の血というかメソッドみたいなものが伝統的に受け継がれているから、いとも簡単にやっているけど、それ今ここにいる僕には、ルーツ野郎のようになるのではなくその泥臭さを表現できるのが自分の目標だったりします。まあ、如何に自分らしく自然にやることなんだろうけど。



そんなことを、ビーキャラやサドルズの演奏を見た時もおもいました。この人たちも本当に感動させられた。ぜんぜんノイズとかじゃ無いけど。



私事ですが、もんでんドラムが上手いって言うのが打ち上げのときの話題になってました。腱鞘炎の調子もよくなったしスタジオ入りたいぜ!





物を破壊しすぎてゲンナリしています。


前には携帯を壊してみたり、昨日はレコーダーのコンソロールにお皿をヒットさせて中の金具が嫌な感じの外れ方をしたり(動作未確認…。)


そして、今日はメガネを壊した。なぜそうなったのかは分からない。蝶番の部分がもげた。


今まで形あったものが壊れるときって宇宙だよね。呆然とその戻らない事実に直面しなければいけないんだもの。


逆九死に一生スペシャル!お金ないのに修理費がかさむぜ。



おつまみには鮭とばという北海道の先人たちが編み出した、どんなにビーフジャーキーが逆立ちしてもかなわない至高の肴を調子に乗って食いまくっていたら塩分摂取過剰になったため、オランダ産のでかいスモークチーズってうのが今のの気分ですね。


ワインを瓶ごと乾杯できるようなフランクな友人を募集したいと思います。


♪:ジョーコッカー:ウイズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ(邦題/心の友).