独断と偏見の日記帳 -33ページ目

独断と偏見の日記帳

国際結婚した男の日々の言いたい放題のブログです。

 平成に入って23年。


 実に自然災害が多い。


 しかし、だからこそ、というのか天皇陛下の存在感が増している。


 それに拍車をかけているのが、革新政党の党首が国家の首相となった時のどうしようもない体たらくさだ。


 日本の天皇は、世界的にも珍しい万世一系の血統を持ち続けている希有な皇室でもある。


 まあ、天皇家は1000年以上続いているのだが、最初のころは、天皇家としての地位はいまほど盤石ではなかった。しかし、様々な事象があっても天皇家として歩んできた。


 そして、途中で神格化されたこともあって、まさに高貴な存在になっている。


 どこか、キリスト教のローマ教皇並みの存在感を誇っている。


 政治に左右されない、高貴な存在として日本国民を見つめている。


 それができるのも、長い歴史があったからこそ。もし、天皇家の存在がなければ、いまの日本はなかったのかもしれない。


 被災地、避難所に訪れた天皇陛下のお姿を見るとそんな思いにかられた。

 本当にテレビマスコミには腹が立つ。


 そもそも、散々っぱら自民党政権を批判しながら、自民党政権が、やってきた災害への対処を再検証し、評価するきもない。


 中越地震や数々の自民政権下で起きた災害支援の在り方を検証していない。もし、これが自民党政権下なら、まず自衛隊、米軍らを積極的に投入し、原発に関しては、一括管理で一挙に押し出すことができたのではないか。


 民主にあって自民になかったもの、自民にあって民主にないものをぶんせきすることではっきりする。


 ちなみに民主は精神が幼稚園児だ。それは、管そのものだと思う。


 それを無くして政府を批判するのはおかしい。


 マスコミに全体に通じることだが、報道責任というのがあるのではないかと。説明責任と同じように。


 橋下大阪府知事が、マスコミにも責任があるというコメントも残している。


 マスコミがもっと冷静に取材を展開し、いまの状況を調べるのが当然の役目ではないか。どうも、いまのテレビマスコミは、危険なところにいかなすぎる。まあ、これは左翼的な感覚の持ち主が編集局、編集部を仕切っているからだろう。


 そんなやつらは、だいたい、安全な場所にして指揮をとるという。そういう傾向がある。


 そんな、奴らが、指揮を執るのだからおのずと、見えてくるものがある。


 まあ、私は、自民党政権のときのほうが、もっとまともだったと。


 

 正直腹が立つ。


 その理由、なんでいま一番、放送しないといけないのは、東北楽天の試合。正直、プロ野球開幕をめぐって、足を引っ張り続けた巨人の放送なんて必要ないと思う。


 こういうときくらいは、東北楽天の試合を全試合を放送するくらいの気位がほしい。


 テレビ局は積極的に東北楽天を応援すべきだろう。そして、とちゅうから通常の放送に切り替えればいい。


 開幕三連戦位は、東北楽天の試合を放送してほしい。


 なぜ、それができないのか。なぜ、自分たちの試合を積極的に放送したがるのか、疑問だ。


 これが、巨人が嫌われる原因でもある。

 今日も大きな余震が起きた。


 なんだか、大きな余震が来ても、少しの揺れで身がまえるもののどこか、自分自身で判断している自分がいることに気づく。


 こういうのが危ないんだな、と実感した次第。


 それにしても、いつまで続くのやら。


 それでも被災地は前進している。


 だが、400キロにわたって断層??が崩壊したことで、大きい地震から小さな地震までひっきりなしに起こるという。


 これは、ほとんど惰性のような感じになっているのだとか。


 まあ、これは日本に住んでいる以上、しかたのないことかもしれない。


 だが、揺れは・・・・神経的に疲れる。

 http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2011/04/10/kiji/K20110410000598020.html


 南米選手権出場に向け、ザッケローニ監督が動き出している。Jリーグ勢がリーグの日程により参加が難しいという状況だ。


 ならばと、欧州でプレーする連中を一挙に視察する動きを見せている。


 FW、MF、DF、GKなどなど総勢22名が集まる可能性がある。


 まあ、そんなにいい結果は残せるとは思えないが、しかし、これである程度の結果を残したら、ジーコが願っていた海外組のみのチームがある程度の見込みができるのではないかと。


 なにせ、イタリア、オランダ、そのほか、ギリシャ、スペインといった2部に所属する選手にも声をかけるというのだから、震災で海外のビックリーグに所属しない選手たちが顔をそろえることになる。


 私の独断と偏見からすれば、これは日本サッカー史上のなかでも貴重で画期的な状況だと思う。


 出場するれば、これは大きな転機になる可能性は否定できない。


 実に面白い。


 基本的に、参加すべきであり、これをひとつの震災支援への感謝の礼を述べる機会となるのは間違いないのではないかと。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110408-00000098-mai-socc


 急転直下、サッカーの日本代表が南米選手権への出場への風向きが変わってきた。欠場ではなく、出場へ。


 招待参加ということもあり、代表戦としての拘束力はなかったという。それが、南米サッカー連盟が参加できるよう全面バックアップすると表明し、欧州サッカー連盟やFIFAにも働き掛けるという。


 小倉会長は、それならばと前向きのようだ。


 FIFA、欧州、南米の各連盟が日本をバックアップするとなれば、Jリーグも何も言えまい。とにかく、海外勢だけでも全員収集が可能となれば、Jリーグの選手出場も少なくなる。


 サッカーはどのスポーツよりも国際化されたスポーツ。それだけに、こうした大会に出場しないということは礼をいっすることではないのか。


 日本サッカー協会、Jリーグは出場して日本を存分にアピールすべきだ。


 そして、海外からの支援に対し、お礼をする場にしたらいい。


 さらに言えば、スッカラ“カン”、空き“管”が外遊するよりもいまの日本代表が、こうした大会に出場した方が、一番いい外交になる。


 とにかく、いまのスッカラカンが辞任しない限りは、日本の名誉回復はないだろう。だからこそ、サッカーの日本代表が民間外交を展開すべきだろう。


 

http://sankei.jp.msn.com/world/topics/world-14891-t1.htm

 韓国という国は、なんでこう自国の政策の無能を他人に押しつけたがるのか・・・・。


 毎度思うことだが、自分がとった政策や実行に自信がないのか。「~だから、~なのだ」と。


 韓国の朝鮮王朝(李朝)は、確認できるだけでも、歴史や経験を学んでいないのではないかと思えるようなことばかりを何度も繰り返している。まさに「おろかにも」という言葉がふさわしいくらい。


 一番、分かりやすいのは、壬申倭乱と日本の韓国併合だ。このブログでも韓国の歴史を語る上で、非常に分かりやすいたとえだからだ。


 韓国政府における倭乱の失態は、統一国家なのに、権力闘争ばかりしいまの国の状況に対して、何にも手立てをしてこなかった。


 痛恨の極みは、李瞬臣を総大将とせず、なんと唯一、戦功をあげていた将軍にも関わらず、権力闘争で一兵卒に落としてしまう、無能さだ。


 さらに当時、朝鮮王朝のなかでも賢臣といわれた人物が遺言し忠告したのにそれを無視し、というか、馬鹿にしそれを怠った。結局、日本政府(豊臣政権)の方策を読み違え、未曾有の大失態を演じた。


 それにも関わらずだ、朝鮮王朝は、倭乱ののちもこの失態を糧にせず、豊臣政権のせいにし、自分たちは悪くないというのを示すかのように、権力を強化し、果ては、なんと国民の9割が権力階級の両班になってしまったという愚かしさだ。


 韓国の日本併合も、学閥や文治派、武断派の対立など、本来は国をまとめて列強に対抗しないといけないのに、中国が列強に敗れるなどして、国力自体が衰退していたのにもかかわらず、中国にぶら下がりっぱなしだった。


 はっきり言ってしまえば、国家という体裁をなしていない状況で、つねに他人のせいにしないと自分たちの気持ちをコントロールできないというのはなんという愚かしさだ。


 日本政府を批判する前に、自国の歴史を真正面から受け止め、調査すべきだ。そこではっきりわかるだろう、自国の政府がいかにふがいなく、バカの政権が続いたのかを。


 日本は、月日がたてば、つねに負けた側、勝った側の歴史が調査される。


 いまでは、石田三成、田沼意次といった人物が再評価されている。百年前までは、悪人にされていた人物だ。その一方で、徳川家康や薩長に関しても批判的な文献も目立つようになってきた。


 韓国は、それがない。李完用を再評価しようとすると、寄ってたかって、抹殺を図ろうとしている。ましてや研究者もいない。


 これでは、韓国は、再び北朝鮮と中国による準植民地支配は間近なのではないだろうか。日本政府を批判する前に自国の歴史を正面からとらえ、客観的に検証することこそ、韓国が快く世界に飛び出せるのではないだろうか。そして、悲劇もなくなるはずだ。

 大震災、火山の大噴火のあと必ず大飢饉がやってくる??


 これ、日本史の記録の中に残っている。


 とはいえ、若干の日時のずれがあるのだが。

 

 あの時を振り返ってほしい、先月11日を。地震の揺れがおさまったとき、急激に冷たい風が吹き、その後、東北地方は雪になった。


 都内でも冷たい風がふいた。


 思わず、そんなことを思ってしまった。

 3月11日に起きた東日本大震災・・・・。


 正直、まさに想定外というのがぴったりと当てはまる震災だったといえるだろう。まさに地震本体ではなく、津波でほぼやられてしまった。


 原発もそうだ。まあ、どんな先進国でもこんな大震災ではこれは、防ぎようはないだろう。


 フランスにしても米国にしても。当事者ではなく、外部の人間だから、なんとでもいえる。それに分析しているフランス、米国などの欧米人たちは、自国から一歩もでていない。まずは、現地に飛んで、福島第一原発のみならず、女川原発やその周辺を見てから正式に調査し、判断しなければいけないだろう。


 そして、おのずと分かるだろう、結果的に「想定外だった。こんなものは考えたことが無い、これからはもっとかんがえないと」というものになるだろう。そんな言葉は出てはこないだろう。欧米人の特徴だが、自然も支配できるという白人特有な、アホな考えがある。しかし、有色人種は、自然に対する畏敬の念がある。だから、人間では防ぎようのないものもあると理解できる。


 直近の調査で、津波の高さが38メートル(ものにぶつかってせり上がった最頂点)にもあったという。となると、いかなる強度を誇るものでも壊れてしまうほど強烈な津波だったということになる。


 「想定外は、いいわけだ!」「甘かった防災対策」云々・・・。まさにそう言ってしまうのは簡単だ。しかし、それでは自然への冒涜でもあると私は思う。


 その典型が、田老町の日本版、万里の頂上と言われた防潮堤だ。過去の地震から想定した結果、作られたものだ。


 しかし、それも役には立たなかった。


 今回の津波で全ての防潮堤が破壊されてしまった。現地の人々は茫然と見るしかなかった。「これまでの防災ってなんだったのか」まさに根底から覆されたしゅんかんだった。


 いかに防災の想定していてもそれを超えるようなことが、自然界には起こりうる。それを踏まえたうえで、対策を考えないといけないはず。


 「想定外も想定のうち」の意識が無いと防災なり、防護対策はできない。


 だから、安易に「想定外は聞きあきた。想定外はいいわけだ」といってはいけない。


 

 日本の大学生は、いつから大企業に勤めることがいいことだと、思うようになったのだろうか?


 いまこそ、就職浪人たちは、東北の被災地に飛ぶべきだ。


 自分が、学んだものを存分に発揮できる時ではないのか。いま、被災地は復興のために人は多いほど、多ければいい。


 そして、そこで起業する位の思いで、移住することもいい。


 私の独断と偏見から言わせれば、就職浪人は、東北で起業せよ。ボランティアでもいい。そこで、いろんな人と交流し、自分たちの仕事場を自分たちで作ればいい。


 そういう思いで、復興のために働いてほしい。


 いまこそ、自分がやりたいことを東北の地でやればいい。


 それぐらいの気概を持ってほしいのだが。