予想通り、東電の社長が被災地を訪れたら、非難の嵐だった。
まあ、被災者からすればいろんな思いが交差し、言いたくなることも分からないことでもない。しかし、これをこのまま続けていていいのだろうかとも思う。
「土下座しろ!!」といった被災者の男性の声も分からぬでもないが・・・果たして、その男性の気持ちがそれでおさまたったか、というと決してそうではないだろう。
私の独断と偏見から言わせてもらえば、そんなことをする、させるよりもより、東電に協力し、この危機をどう乗り切るのかを議論すべきだろう。批判、批難からは何も生まれない。
東電社長や幹部を非難すれば、左翼マスコミのいいニュースソースになるだけでなんの得にもならないし、日本の活力を減退させる要因にもなる。
それを一番喜ぶのが、共産党と社民党の左翼連中だ。彼らにとって、この災害は、民主党の批判もできるし、自民党の批判もできる。そして、過去のあることないことを持ち出して自分たちの勢力拡大を図ることは見え見えなのだ。
とはいえ、昨今の状況は、必ずもそうではないが・・・・。
毎回思うことだが、日本の場合、説明会を行っても結局は、聞く側の非難だけで終わってしまい、建設的な話し合いができないで終わってしまうことが往々にしてある。
これを、無くさないと、より日本の復興は遅くなるばかりだ。
阪神淡路大震災は、政府や行政に文句をいいつつも自分たちで立ちあがろうとした。行政からのなんらかの支援を待つよりもまずはできることからコツコツと・・・・。その後に政府や行政が追随した。というより、応援した。これが、日本のいいところでもあり、悪いところでもある。スタート出しは、必ずしも速いとは言えない。しかし、この日本人特有のコツコツ感は、日がたつにつれて、スピード感がアップする。
これが欧米との違いだ。欧米は、政府がほとんど支援するのが当たり前になっている。が、貧しいものはそのおこぼれに会うくらいで、政府の援助はすくない。その代り、富裕層(億万長者)が正面きって援助に当たるこれが、資本主義の原理原則的なものだろうと思う。
つまり、自分で動くことがない、社会でもある。ただ、援助をうけるものは、そのまま満足してしてしまう傾向にある。
私は、文句や批判するよりもまずは、この生活をどうしたいのか、ここで問題なのは、現状に戻せ、というのは目標としてはいいが、現実問題として無理がある。
じゃあ、どうすればいいのか、を議論すべきだろう、ただし、そこで言えるのはまずはお金の話だ。しかし、それも結局は限界がある。
東電も資金力には限界がある。すべてを国や東電に任せるのはいかがと思う。
ならばどうするか??、それが問題でもある。
それをどうするかを考えるのかが、これからの生活支援でもある。被災者もできることから始めるべきだろう。