今日は、天皇皇后両陛下のご結婚50周年にあたるとか。
おめでとうございます。だからといって、私は、右翼ではありませんが、昨日のニュース番組でお二人の記念に関するコメントを聞いていて、果たして、今の日本にこれだけ夫婦間での暖かさを感じるものがあるのだろうかと、思うほど微笑ましく、自分達もこうありたいなあ、なんて強く思ったほどです。
まあ、芸能マスコミの結婚、離婚報道を見るたびに昨日の天皇皇后両陛下の姿がより一層輝いて見えました。
さらに世界の王室でこれほど、ともに支えあい、信頼しあい、お互いを尊敬している夫婦はいないのではないかと。
英国は、凡庸なチャールズ皇太子と故ダイアナ妃の関係がゴタゴタしているのを見るたびに、本当に英国皇太子(こういっては申し訳ないのだが)は凡庸であり、馬鹿というしかない。まあ、得てして凡庸な親からは時として、英雄が生まれるというのがあるが、案外、いまのダイアナ妃との間にできた王子はまともかもしれない。と期待するのだが。
世の中面白いもので、権力者の家庭が円満なら、その支配地はすごく安定するという法則があるというのだ。
で、いろいろ考える当てはまるところが往々にしてある。
ところで、日本の皇室は、1200年以上の歴史を持ちますが、その中で培われた伝統というものがあります。その伝統は、時の移ろいとともに若干の変更や手が加えられて連綿と受け継がれてきました。
実は、日本の皇室にある伝統行事には、中国や朝鮮から伝わったものもあり、中国や韓国ではその姿が完全に消えてしまった行事等も形も多少変化しながら受け継がれています。
例えば、雅楽などもそうでしょう。宮廷音楽的色彩が濃いが実際、中、韓ではほぼ失われた音楽でもあります。もともとは日本にあった音楽、外来の中国、韓国から渡ってきたものもあります。しかし、そのほとんどは現地での発展や継承という点で日本ほど残っているところは少ないようです。
皇室がこうした古楽を1200年にも渡り継承していることは歴史的に見ても世界的に見ても稀有な存在であることは明白かと思います。
強いていえば、カトリックの総本山バチカンで継承している伝統儀式・行事も同じとも言えるでしょう。しかし、千年以上という点からしても日本の伝統文化継承は、世界に誇れるものであり、皇室を決して絶やしてはいけない存在であることも事実かと。
じつは、皇室を排除することははっきり言ってしまえば、中国、朝鮮を含めた東アジア、南アジアの正統的伝統文化が消え去ることを意味することになります。
いまでこそ日本国の象徴という存在ではありますが、伝統文化という点においては、皇室事態が国宝・至宝でもあるといえるのではないでしょうか。皇帝とも違う、教皇とも違う、ましてや国王としての存在でもない。
いるだけで日本の歴史そのものが皇室であるといえるのではないでしょうか。
日本人はそういうところももう少し考えて欲しいなと思うのです。文化がいったん消滅してしまうと、それを立て直すまでには非常に膨大で、莫大な時間がかかることをはっきり認識して欲しいと感じるわけです。