日本の地名は、考えてみると結構風情がある。それにちょっと考えると分かりやすい。
昨日いった国分寺は、8世紀に聖武天皇が、ご存知、奈良の大仏建設のために、日本各地にお寺を作りました。それが国分寺というものでした。
旧国名(武蔵、越後、越前とか)ですけど。いまの県にはないところもありますが。
さて、東京都と埼玉県は昔、武蔵の国といわれていました。なぜ、武蔵なのか・・・・それは、置いといて。
国分寺は、その国の宗教上のシンボルみたいな役割を持っていました。
ちなみに、府中市というのがありますが、府中というのはその国の政庁・国府があったところという意味合いがあるらしいのです。とは、いうもののイメージ的には国分寺がそういう役割を担っていたのではないか、という感じです。
昨日は、平安時代の出来た国分寺跡にいってきたました。まあ、ただ単に平地が広がっているだけ。なぜか、災害時の避難場所になっていました。
それにまだ発掘作業中みたいでした。規模は、東西880メートル南北550メートルの広大なものでした。この規模は、他国よりも大きかったといいます。
国分寺断崖を背にした壮大な建築群が並び立って壮観だったのではないかと。
それも、1333年に分倍河原の合戦で灰塵にきしました。結果、いつしか農村風景が広がるものになりました。
詳しくは、http://www.musashikokubunji.jp/index.html に書かれています。
国分寺断崖の上には縄文時代の竪穴住居跡の碑がありました。碑だけ・・・。
マンションとか、周辺の再開発がすすんでいますが・・・。自然は残って欲しいと思っています。
