想いつくまま雑論  (日本の歴史が培う文化思想原理の特殊性)第三の文化論 -4ページ目

想いつくまま雑論  (日本の歴史が培う文化思想原理の特殊性)第三の文化論

何でも書こう
 (日本の歴史が培う文化思想原理の特殊性、)(哲学思想)(政治経済)などなど、

中国の王道にたいしまして、我が国の『皇道の原理』とは何か。

私はこれを、『日本書紀』第三巻、『神武紀』に於ける次の一部から採っております。

『故(か)れ蒙(くら)くして似て正しきを養い、此の西偏(にしのほとり)を治(しら)せり。皇祖皇考(みおや)、乃神乃聖(かみひじり)にまして、慶びを積み暉(ひかり)を重ね、多(さは)に年所(としのついで)を歴(へ)給へり』。

我が国の初代天皇である神武天皇は、国を建てるに当たって何を理想としたのか。また何故、既に人間が住み暮らしていたのこの大地に『国家』というものを造ろうとしたのか。

この一節は今の問いに対し、強者による弱者の支配ではなく、お互いが異なりを認め合いながら心を一つにし、人らしく生きることができる社会体制を敷くためにと、その上で、物心両面にわたる充実を果たしていくためにと、こう答える野であります。

私はこれに因みまして 『積慶(せっけい)  重暉(ちょうき)  養生(ようせい)』を、我が国最古の建国の理想にして統貫史的法の淵源、則ち、『皇道の原理』としておるのであります。

これがために私はいつも、『 慶びを積み、暉(ひかり)を重ね、正しき道を養わんがために 』と言っておるのであります。


続く
また第三h、個人倫理としての『克己』であります。これは。如何なる状況に於いても己の本分を忘れず、自らの師に照らして振る舞えという事であります。

このように、中国では『則天』『孝慈』『克己』の三つを以て、王道と言っておるのであります。

次に、王道のこの三つの原理を結合するに際し、それは、次の四つのより具体的な事柄に於いて説明されます。

則ち、先ず第一に『徳治』。責任を持って国を治めることであります。
そして、その根拠となるのは『孝』である。個が親に服することを以て徳とするのであります。

第二は『礼楽』であります。『礼』は『礼節』『節度』、『楽』は『和楽』『和合』であります。則ち、節度を守った和合の世界であります。

また第三は『祭紀』であります。祖先を祭ることであります。

そして第四は『名分』で在ります。これは、治処位に即すること、則ち、時と処と位に相応の振る舞いをいたせという事であります。

今日までの中国の王道教育として説かれております内容は、この『徳治』『礼楽』『祭紀』『名分』の四つに尽きておるのです。

これに対しまして、我が国の『皇道の原理』とは何か、、、、続く
無論、『異なりを認めながら一つを自覚する』という事が、いわゆる『健全なる社会』に於ける人倫秩序の基盤であることは言うまでもないが、ではその物資の充実はどうするのか。
物を無私して良いのかというと、勿論そうではないのです。

我々は物と心で出来た一元生命であると、私は申しました。従って、物に於ける充実だけでは動物と何等変わらず、心に置ける充実とは言っても、霞を食って生きる訳にもまいりません。

この世におります限り、我々には物と心の両面、あるいは生活体系と生命体系の両面に於ける充実が望まれるのであります。

そこで、いよいよ最後に、一元生命としての我々の物心両面にわたる国家的理想を、我が国の」建国の初期にまで溯求し、それを中国の王道の原理に倣って、『皇道の原理』としてまとめておくことにいたします。

先ず、中国の伝統的統治理念である王道とは何か、それは先ず第一に、最も普遍的な原理としての『則天』であります。
天に則すること、宇宙自然の摂理に従うことであります。
宇宙自然は人為にあらず、人もまた宇宙自然を形作るものの一つにして、我と宇宙は対峙せず、『宇宙,我を生かし、我、宇宙を生かす』の観を呈しておる。この天地を貫く原理を魂の眼で観、以下にしてそれに則するかを考えよという事であります。

第二は、人の世界に於ける一般原理としての『孝慈』で在ります。子の親に対する孝、親の子にたいする慈であります。人間関係の最小単位は家族であり、これに基づいて社会や国家が成り立っておる。

だから、家族が天の摂理に即して生きることは国家安泰の元である。そのためには、子は親を師表とし、鑑として子の本分を果たせ、親は子を前進全霊を以て守り、苦楽を共にして親の本分を果たせという事であります。

また第三は、個人倫理としての『克己』であります。これは、    続く
我が国の建国の理想は、『和』の哲理に基づく『人らしく生きる社会』の建設である。

それは、宇宙自然の中の全てのものが、『我無くして彼なし、彼無くして我無し』の真実相を体現しているように、人もまたこれに即して生きることによって生み出される、生命の躍動の世界、創意工夫、活躍の世界であります。

斯かる世界を実現するための理想的な人間結合の原理こそは、各々が上下本末を自覚し、中心人格を己の鑑としてその本分を全うすること、則ち『異なりを認めながら一つを自覚し、共同運命を自覚する』ことに尽きるのであります。

そして最も大事な事は、この理想は力による序列、則ち、支配者の手によっては到底実現されるものではない。

逆に、何等の権力も持たぬ天皇が国家の中心人格としてそこに在ることによって始めて実現可能となるのだという事であります。

だから私は、この理想的なる人間結合の原理に最もよく当てはまっている我が国の国体こそ最も尊いのであると、誇りを持って申し上げてきたのであります。

無論、、、、続く

建国の理念


神武天皇が 橿原で 詔を宣誓して、 日本建国が、始まった・  何を 詔したのか?


ソレを 具現化したモノが、 三種の神器   鏡  曲玉 剣


 





三貴人  天テラス大御神(鏡) 月黄泉の尊(曲玉) 須佐之男の尊(剣)





     いざなぎの尊が 黄泉の国 から 逃げ帰って 阿波の禊ぎ原で 禊ぎ払ったとき   


     に うまれた 神様。





鏡(光を重ね   天テラス大御神 太陽界宇宙を司る神  精神世界 (心) 


曲玉(慶びを積み)月読みの尊 子孫繁栄 金銀財宝 物質世界(豊かさ)


剣(正しき道を養わんが為に)須佐之男の尊 海(地球)を司る神 人倫秩                      序・自己統制





 神武天皇が詔をあげて 日本建国の 理念を掲げた とされている


   これらは  平安時代には すでに 確率していたもようです。





早い話が  子孫繁栄して生活の安寧 心豊かに 正しき道を 歩んで行く


そんな建国が 理想です   と 頑張って 今に至っているのですよ。





其の理想の国家実現に努力した先人に感謝し敬って祈る場所が、靖国神社ですよ。 
敬神崇祖
忠孝 一致の唯神の大道を 歩むことが、日本民族です。
天皇は国家の中心人格にして国民共通の鑑であります。

またそれは、国家内部のあらゆる権力を超越した存在なるがゆえに、何らの権力も持ち得ず、法による権利や自由の保障もないのであります。

そのため、、、、、、、、、、、、省略


建国の理想と勅語

この『勅語』は何を言わんとするのかともうしますと、それは『人は斯く在るべし』という道徳規範、あるいは『国民は斯く在れかし』という天皇の願いであります。

『天皇我に何を願いしや』と考えることができたのであります。

幾多の勅語のうち、最も体系的で学問的にも優れたものは、『推古憲法』であります。

この憲法は、仏教導入をめぐって、国論が二分されるという危機に際し、上宮太子(聖徳太子)が推古天皇に奏上し、西暦604年に公布されました。

この推古憲法として、『日本書紀』は十七条の条文を伝えておりますが、実は『先代旧事本紀大成教』と呼ばれる文献によりますと、推古憲法は、それぞれ十七条の条文を持つ 『通家憲法』 『政家憲法』『儒士憲法』 『神職憲法』 『釈氏憲法』 の五種類から成っているのであります。従って、『十七条憲法』ではなく、『憲法十七条』と呼ぶ方が正しいと考えます。



以下 略、、、、、


皇道の原理

(1王道と皇道)
従って、自己の利害に腐心する者は言うにおよばず、ある大企業の社長で人望の暑い人物と言えども、国家の中心人格になることは不可能であります。

なぜなら、その人物が如何に大企業の中心人格として優れていたとしても、国家全体、国民全体から見れば、既に一企業、一党派に過ぎないからであります。

はっきり申しますれば、我々一般国民の中から国家の中心人格を見出すことは不可能なのであります。

さて、こうなってなりますと如何でしょうか。これらの要件を全て満たすことができるのは、やはり天皇であります。

我が国が無類の生命結合体系化を実現してきたのは、確かに、『和』の心が国民の間に浸透しておったことも一因であります。また、国民の生命を賭した幾多の努力もそこにありました。しかしながら、我々国民は、ややもすれば日々の生業の中で生活体系に流され、必然的に争いの当事者になる危険に晒されております。

従って、国民のこうした努力だけでは、とても国家全体としての生命総合体系化は実現できなかったと言わざるを得ません。

その中にあって、天皇は常に公正無私の立場に立ち、人とはどうあるべきかを身を以て我々に余してまいりました。

それによって、国民は己の立場に於いて『人らしく生きる』とはどういう事かを常に顧みる機会を得、自らも斯くあろうとすることができたのであります。

このような国家の中心人格としての天皇の現存在と言動、および国民の間の『和』の基本の形成との相互関係、相即不離の相互作用によって、ようやく我が国の『和』が形成されるに至ったのであります。

この意味に於きまして、天皇は国民の鑑、国民の師表、また、広い意味での国民の親としての役割を、歴史的・血統的に担って来たのだと言得るのであります。

そしてこれこそが、『天皇なくして我が国の歴史はなかった』と云われる所以なのであります。

では、国家の中心人格たる要件とは何なのでしょうか。

私はこれまで、子は親を師とし、学生は先輩や教師を師とし、社員は上司や社長を師とし、常に己の前に鑑を置いて成長して来たのだと申しました。

そして、この中心人格が中心人格として成り立つためには、人の集まりの中の如何なる権力や党派にも与せず、超権力・超党派の立場に立って、公正無私なる態度を貫かねばならないのだと申してまいりました。

そう致しますと、先ず第一に、国家の中心人格もまた、政党と言わず企業と言わず、国家内部の如何なる権力機構、如何なる党派をも超越した立場に立っていなければなりません。

そのため国家の中心人格には、法によって保証された自由も人権もなく、政治・経済上の権力もなく、またそれを欲することもできないのであります。

我々国民には法によって保証された自由や人権がありますが、これは主に生活体系に於ける力と力のぶつかり合いの妥協の産物であります。言い換えれば、自由や人権は、何等かの党派に属し、他者との競争に身を置かざるを得ないが故に必要とされるものなのであります。

第二に、国家の中心人格は国家内部の如何なる分野の人間でも仰ぎ見ることのできる、国民共通の鑑でなければなりません。

則ち、国家の中心人格が、企業家、教育者、宗教家を問わず、国民の誰からも鑑とされるためには、高い人格という、ただこの事によってのみ敬慕信頼されねばならないのであります。

従って、、、、続く
(1)国家の中心人格

さて、第一の理由は、共通の基盤、人倫秩序としての『和』とその要となる中心人格の役割についてでありました。次に、これを土台として、第二の点に進むことに致します。

もう一度もうします。中心人格とは、上下本末の最も上に位置し人としてのあるべき姿を具体的に示すことによって、下の者の心を一つにまとめる鑑であり師表であります。

そして、この一見無力に見える中心人格がなければ、上下本末の秩序は破れ、手段が目的と化して、如何なる社会も衰滅を余儀なくされるのであります。

これに対して我が国は、数千年の永きにわたって、人らしく生きる社会、則ち、力によらない体系化、生命結合体系化を、歴史的・国家的に展開して来たのであります。

では、我が国は何故このような体系化を展開することが出来たのでしょうか。それは決して、自由主義や社会主義といった政治・経済制度に因るものではありません。

むしろ、次の三つの事柄として説明されるのであります。

それは、先ず第一に、国民が、生みの親のみならず、良き先輩、良き上司を広くと解し、そうした多くの親を中心人格、則ち、心の鑑として来たからであります。また、第二に、我が国は欧米とは違って、国家を、利害を異にする様々な人のあつまりが『和』を実現するための文化的枠組みだと考えて来たからであります。

そして、第三に、最も根本的な事として、そうした国家的小保の『和』を実現するためには、当然、国家の中心人格、国家の鑑、国家の親が不可分・不可欠であり、国家に於いて、我が国は古来より、国家の中心人格がそこにあったからであります。

そしてまた、国民が、此の国家の中心人格を己の鑑とし、自分も斯くあろうとして来たからであります。

逆に申しますと、もし国家の中心人格がなければ、如何にそれぞれの家族、それぞれの企業が個別に『和』を実現していたとしても、経済生活を営む以上、結局は他の党派との摩擦や不和を避けられず、我が国はいつしか衰滅しておった。また、我々は皆家族なのだという意識も生まれず、運命共同体としての国家の歴史伝統も生まれなかったのであります。

では、国家の中心人格たるの要件とは何なのでしょうか。   続く


(2)天皇道 仁徳天皇と昭和天皇


建国の理想と勅語

皇道の原理

(1)王道と皇道

(2)日本と中国の相違  生命体系の大樹としての血縁意識
ここに於きまいて、中心人格の具体的役割もまた自ずと決まってまいります。則ち、中心人格は先ず第一に、下の者ほど権力や徒党に目がむきがちな中にあって、如何なる権力にも関与せず、如何なる党派にも与せず、己を殺し、その集まり全体のために公平無私なる態度を貫かねばなりません。

また第二に、中心人格は共通の目標に向かって、先陣を切って邁進する姿を下の者に見せ、下の範とならねばなりません。

そして第三に、中心人格は下の者の慶びを己の喜びとし、下の者の苦しみを己の苦しみとして、下の者と共に歩むことによって、人の道に於ける責任を全うする者でなければならないのであります。

このような中心人格の重要性に鑑み、神道では、『臣、臣たらずと雖も、君、君たれ』ととくのであります。儒教では、『君、君たらずと雖も、臣、心たれ』と説きますが、神道では、中心人格に対し、己に対する一層冷徹な態度を求めておるのであります。

このような中心人格とは、欧米では対立概念として捉えている個人の自由と社会の正義・秩序を統合調和させる絶妙なる存在、東洋の知恵の結晶であります。

従って、『和』の哲理はまさに、この中心人格の働きによってようやく、その本領を発揮すると言っても過言ではないのであります。

我が国は、この『和』の哲理を、独り家族のみに於ける特例とは致しませんでした。むしろこれを『建国の理想』として、則ち、全ての人の集まりに於いてあまねく通有すべき原理及び規範と理解して、この家族的協力関係を民族・国家にまで発展して来たのであります。

だから、いつも申しておりますように、世界には国多かれど、我が国は国にあらずして『国家』。国家という家族共同体、運命共同体なのであります。