歴史を紐解くとその中には残酷なシーンが数限りなくあり、人間の罪の深さが良くわかります。と言いましても、私も勿論その人間の一人です。上の写真は古代アッシリアの狩りのようすを描いたレリーフで、カートに乗って疾走する戦士の図です。この頃に既にカートがあったのですが、乗り心地はあまり良いものではなかったでしょう。しかし、馬に取り付けて人間が走らせることが出来たのですからその技術はなかなかのものだったと思われます。

 

この戦士はライオン狩りのためにカートを走らせているようで、真ん中のレリーフに矢が当たってしまったライオンが描かれています。そして下の絵のライオンは体のあちこちに矢を受けて、苦しさのあまり血を吐いています。これは人間とライオンとの戦いなのか、それとも人間が一方的にライオンを痛めつけているのかはわかりませんが、ライオンを狩る目的とは何だったのでしょう?ライオンが人間を襲ったこともあるのかもしれませんが、このレリーフを見る限り、ライオンが非常に痛ましく感じられます。

 

こういったライオン狩りの結果、アッシリア・ライオンは絶滅してしまったということで、動物学上の大きな損失と言えるでしょう。当時のアッシリア人はそのようなことは考えていなかったようで残念なことです。古代アッシリアの時代から数千年を経た現在もシリアでは泥沼の戦いが続いています。近代の戦争は単にひとつの国と他の国の戦いでも国と国内の反対勢力との戦いでもなく、それらの後ろにはそういった戦争に関わる第三、第四の国があり、その様相は複雑ですが、その素地となっているものは人間のエゴであり、そのことは古代アッシリアの頃から変わっていないのでしょう。兵器は発達しましたが、人間の残酷さは古代のまま少しも変わっていない、とこのレリーフのライオンが語りかけているような気がしました。