建築の工法についてお話ししました。

このように工法とか、いろんな情報が多くなり、選択技がいくつもあって迷ってしまい、簡単に決められなくなった理由を探求したいと思います。


日本は他文化を輸入し吸収発展させ、時代とともにそれを独自の文化にしていく民族だったのではないでしょうか?

時間の流れがそれほど速くなく、物の価値全てに必要性を感じていた時期には、物を買うことも、捨てることも十分意味があったはずです。

今でいう、エコロジーは自然に行われていました。

物、人、自然がすべて価値あるものでした。大事にされていました。 


現代のこの早い時間の流れの中で、物をじっくり考えるということは、経済の流れからいうと、罪悪かもしれません。

わからないことを、追求することも同じかもしれません。


次々と、開発され、輸入され、便利で、繰り返しの利く要素が、重宝されます。

まるで埋め立地のごみの山のように、吟味されずに繰り返し上乗せされていくだけです。

この繰り返しのような積み重なった層は、もはや日本独自の文化を深く下層へと追いやって顧みる事をしなくなっているのではないでしょうか? 

本物は地中深くにあり、表層の文化に振り回されるだけです。本物が何かを論ずるより、素早く次に行くことが重要で、わざわざ、引きとめて、そのことの本来の意味を問う必要はないということでしょうか?


どの工法、どの情報を採用するにせよ、それが適切に機能する事がだいじです。

家は、そこに住む人たちの、いわば生活を演じる空間装置と考えられます。さ

すれば、繰り返し、演じられることの中にある、大事なことを、今一度じっくり考えてみてはいかがでしょうか?


この点を踏まえて、次回も工法について検討を加えたいと思います。

1.在来工法:


日本固有の木造建築から派生し、明確に柱(垂直の部材)と梁(柱と柱に掛けられた部材)で構成され、筋違い(柱と梁を斜めに緊結)等で地震力、風圧に耐える構造。増改築が比較的容易。

最近では屋根に瓦を葺く下地の土を省き軽量化を図っている。



2.2×4工法:


外来輸入の木造壁式建築、壁の量が多く必要であるが、その分、一体性が高い。

ただ壁をとると構造体力が落ちるので、造改築が非常に難しい。



3.プレハブ工法:


工場生産品(規格化されたパーツを工場で大量生産する)を現場で組み立てる工法で、木質系、鉄骨系、ユニット系、コンクリート系があります。

これらの工法の特徴は、規格化された構成部材については構造計算等を国に提出し認定を受ける必要がありますので、部屋の形体、や大きさはこの制約の中で決めざるをえません。

一棟毎、さらに国の認定を受ける必要があります。

ですから、全て個別の認定番号が付けられ、一つの規格の建物となります。

増改築には、その都度新しい認定番号が必要となるものと考えられます。



4.鉄骨造:


プレハブ工法の鉄骨とは違って、制約はありませんから、一棟毎に構造計算をし、部材を決めます。

部屋の大きさを自由にでき、大きな部屋も作れます。



5.RC造:


鉄筋コンクリートの略。

鉄筋で補強されたコンクリート構造のことを言います。

柱と梁で構成されたものと、壁で構成された、2つの工法があります。

前者は大きな空間が作れますがコーナーに柱型が出てきます。

後者は柱型がでない代わり、大きな空間を作ることができません。


以上簡単に其々の工法の違いと特徴を述べました。

もっと詳しく知るには、専門家を訪ねるか、インターネットで検索されることをお勧めします。


検索例:「在来工法(木造軸組み工法)・2×4工法(木造枠組工法)・プレハブ住宅・等」 家を建てるにあたって、工法は大変気になる要素だと思います。

建てる場所、住むスタイル、の違いが工法を決める場合もあるかもしれません。

これらを公平に客観的に判断できる人に相談する必要があります。      


(*1) 再度在来工法について。構造の基本は、柱、梁、貫(ぬき)で構成され、そこに瓦+土の重みで安定した耐力を作っていました。

近年、人口増大による影響で、安価さと簡単で便利な工法開発により、高度な大工技術が求められなくなり、ひいてはその過渡期に、、今回の阪神淡路震災で和風建築の大被害が起こりました。

つまり、地震という自然災害により、過渡期的な在来工法(貫とは言えない薄っぺらな部材を使用)の弱点が露呈しました。

貫は本来の役目を果たさず、屋根の重みで自ら崩壊しました。

その結果、基準法で義務ずけられた筋かいにさらに補強金物が義務ずけられ、貫はますます不要になり、伝統工法は蚊帳の外に追いやられて行くことになりました。

少しずつ日本の優れた世界に誇る技術が失われています。


*1 貫(ぬき)とは柱と柱の間に梁の下方に設ける横架材で鳥居をイメージしてもらえば、わかると思います。つまり2段ある下段の横架材のことです。 

ハウスメーカーは商品としての完成度は高いと思います。

これを維持するため常に商品開発をしなければなりません。

なぜなら、第一に、新しさを求める顧客に飽きられるからです。


もう一つは、他者との競争に負けないためです。

他社と差別化しなければなりません。

メディアを最大に利用しなければなりません。

TV、新聞、展示ハウス、その他いろいろ。ご存じと思いますが、これらはすべて販売価格に反映、上乗せされます。

そしてこの競争に負けたメーカーは消滅していきます。

水面下では常に過酷な競争が演じられています。


この競争の犠牲者は顧客では? 


しかしながら、情報を得るには、ハウスメーカーが一番手っ取り早いかもしれません。

ただしその情報が正しいかどうかを見定める必要があります。


それから、在来工法住宅は地震に弱いと一般常識のごとく思っておられる方が多いと思いますが、基準法に決められた、基準を満たせば、耐震強度は確保されています。


他の木造工法も同じことです。

基準を満たさなければ、役所の審査に合格しません。

ただ言えることは、どの工法を採用するにせよ、構造上のバランスが大事で、強度に偏りが出来ないようにするのが大事です。


一概にバランスといっても簡単なことではありません。


余談)

ここからは、ゴルフに興味のある方がお読みください。

対象として最近始めた方、もしくは、まっすぐに飛ばないと思っている方「アドレスについて」スクエアーアドレスの方法右図の説明です


順番は1~3の順です


1:ボールに直角に立ち、ボールを中心に両足を置きます  

次に右手にクラブを持ちクラブ面を飛球方向と直角に構えます。


2:次に右足を肩幅程度開きます。このとき大事なことは  

右足を飛球線方向と直角にすることです。

理由は右足は軸足ですので、ボールの方向を決めるからです左足は出来れば少し開きます20度ぐらいでしょう。

これはボールを打った後体が回転しやすくするためです。   

このときクラブ位置は左手が来るであろう位置にセット飛球方向しておきます。

もしこのときクラブ位置を1)のままの位置にしていると3)のセットのときに肩が左に回転し肩の方向が飛球線とクロスします(スクエアーになりません)


3:次にそーっと左手を持っている右手の中に潜らすように入れ、最後に右手を所定の位置にグリップします。

これでスクエアースタンスの出来上がりです。



家づくり検査の鈴木のブログ-ゴルフのスイング




次回はテイクバックインパクトフォロースルーに行きます。


今まで、建築設計と施工のことについてお話してきましたが、ハウスメーカーだけは少し違っています。


既にお気付きの方もおられると思いますが、ハウスメーカーだけはここ数十年で勃興してきました。

きっかけは、アメリカその他外国からの2×4工法の輸入だと思います。

つまり、各メーカーは2×4工法の特徴を分解し、自らのオリジナルとして作り直し商品化しているところがみうけられます。

たとえば、パネル工法がこの工法と言えるでしょう。

パネル工法は2×4工法の特徴である壁式構造(壁を建て、面構成で風力、地震力に耐える工法)の考え方を取り入れています。

この工法は日本にはなかった工法です。


また、2×4工法は別名プラットフォーム工法(床と梁を一体とし水平剛性を高める工法)とも言います。

この特徴を取り入れ、在来工法とミックスさせた工法を取り入れた有名某ハウスメーカーもあります。

そしてこれらの亜流も沢山出てきています。

それぞれの特徴を商品として売り出しています。


これはまさしく物品販売業です。


企画性を優先し、売上に貢献しやすくするためでしょう。

家作りという感覚ではないですね。

ハウスメーカーには設計者、施工者の技術研鑽という考えではなく、いかに生産性を上げるか、に時間とお金(宣伝費)をかけています。


この数十年のこの様な住宅作り、家作りの風潮が、日本人の古来受け継がれてきた技術、固有性の薄れていく原因を作ったとすれば、この先ますます、我々は技術を顧みず、欲していないものをやむなく手にし、自らの文化を分からないうちに蔑んでいくのではないでしょうか? 

前回からの続きで言うと、いろんな施工形態が生まれてきた結果、設計というジャンルもその一部に組み込まれました。わかりにくくなったということです。

欧米の石の文化から生まれた建築は、宗教と哲学を背景に絵画、彫刻、音楽と密接に関わり、思想性豊かな建築が生まれてきました。

それは、日常生活に当然深く影響を与えたはずです。

人々はあるときはデザイン性豊かで機能的な道具、またあるときは芸術性のある造形を求めたかもしれません。

そのような環境で、ごく自然に建築設計という皆に認められた存在が生まれてきたと考えられます。

その行為は総合芸術といえるでしょう。

そしてその行為は単純に求められた条件を再現化するというものではなく、その設計者の全人格的な表現であったのではないでしょうか。

限られたものに与えられた能力かもしれません。


しかるに、現在日本では、資格さえあれば誰でも設計を出来ます、その能力いかんにかかわらず。

まさしくこれは、設計という行為を単純に線を引く行為に置き換えた未消化の輸入文化といえるでしょう。


(豆知識)

「現在の建築基準法は昭和25年当時、建設大臣であった田中角栄氏の作った法案で一級建築士1号は彼本人です。その時、賛同者または必要とするメンバーは全て一級建築士の資格が与えられました。」


然る経緯を考えても、この建築基準法は田中角栄氏が後に総理大臣になった時の、列島改造論の大いなる布石となったはずです。

というのもこの法律の最大の特徴は、道路拡幅が大いなる目的と考えられるからです。

道路網の充実です。

勿論この法律には、細部に亘って、建築士の資格についても規定されています。

結論から申しますと、日本に於ける建築家は上記のごとく、2通りの世界が混在しています。


つまり設計をする人として、

1)その人の全人格的な表現者としての建築家

2)資格による建築士

です。