2025年10月第3週

 

10/12(日) 18km 

10/12(日) 18km
[朝]11.8km
7:23スタート晴れ22℃西・北風強
ジョグ2.3㎞→インターバル6.4㎞→ジョグ3.1㎞
インターバル900m*6(6.4km)
設定 3:55/km(rest200m)
計測 
①3:37.3(4:01)②3:36.7(4:01)③3:31.5(3:55)
④3:37.4(4:02)⑤3:29.5(3:53)⑥3:32.2(3:56)
[夕]6.2km
17:47スタート晴れ28℃西・北風強
ジョグ0.4㎞→インターバル5.3㎞→ジョグ0.5㎞
インターバル900m*5(5.3km)
設定 3:55/km(rest200m)
計測 
①3:36.7(4:01)②3:32.9(3:57)③3:29.4(3:53)
④3:29.1(3:52)⑤3:28.7(3:52)
[経過]
いわて盛岡7日前。朝はインターバル16本やるつもりも暑すぎ、風強くて体動かず。6本で終了。ラン後休日出勤2日目。夕はさらに風強くなり設定は同じでもサブスリーペースまで落ちてもいいくらいで走った。日が沈んだだけましで意外と体動いた。

10/13(月) 17km 

[朝]8.5km
7:24スタート晴れ23℃東西・北風強
ジョグ avg4:36/km
[夕]8.5km
17:59スタート晴れ27℃西風やや強
ジョグ avg5:21/km
[経過]
いわて盛岡6日前。朝はEペースまで上げるようにした。暑すぎ。北・西方向は向かい風きつくて減速。全体的に動きもよくなかった。夕は疲労ありで動き良くなかった。

10/14(火) 15.9km 

[朝]8.5km
6:32晴れ20℃西・北風強
ジョグ avg4:55/km
[夕]7.4km
18:58スタート晴れ2℃西・北風強
ジョグ1.3㎞→インターバル4.2㎞→ジョグ2㎞
インターバル900m*4(4.2km)
設定 3:55/km(rest200m)
計測 
①3:42.6(4:07)②3:31.3(3:55)
③3:34.3(3:58)④3:23.8(3:47)
[経過]
いわて盛岡5日前。朝から疲労感ありで体重かった。夕も朝同様に西・北風強くその方面は向かい風きつかった。インターバルもサブスリーペースまで落ちてもいいくらいで4本。

10/15(水) 17km 

[朝]8.5km
6:35スタート晴れ21℃全方位風あり(特に西・北風強)
ジョグ avg4:34/km
[夕]8.5km
19:02スタート雨上がり23℃風穏やか
ジョグ avg5:07/km
[経過]
いわて盛岡4日前。朝はEペースまで上げるようにした。全方位風ありで向かい風きつく動きも悪かった。夕は夕立後で湿度かなりたかったが風が穏やかだったこともありいつもよりペース上がった。3日前あたりから左ひざ痛が出てきている。

10/16(木) 17km 

[朝]8.5km
6:33晴れ21℃霧あり西・北風やや強
ジョグ avg4:51/km
[夕]8.5km
18:48スタート晴れ24℃西・北風強
ジョグ2.3㎞→インターバル4.2㎞→ジョグ2㎞
インターバル900m*4(4.2km)
設定 3:55/km(rest200m)
計測 
①3:35.4(3:59)②3:33.0(3:57)
③3:33.4(3:57)④3:32.1(3:56)
[経過]
いわて盛岡3日前。朝は体重かった。夕はいわて盛岡前ラストポイント練。左ひざ痛みは和らいできた。

10/17(金) 8.5km 

[朝]8.5km
6:24スタート晴れ20℃西・北風やや強
ジョグ avg4:36/km
[夕]アクティブレスト
いわて盛岡2日前の最終ラン。Eペースまで上げるようにしたが体重かった。ペースはまだ上げたかったが上がらず。

10/18(土) オフ 

岩手へ移動

 

走行距離 93.4km
ランオフ 1日
出場大会 なし

 

この週はいわて盛岡シティマラソン1週間前でした。

 

これまでのルーティンならプチポイントで1.6㎞ビルドアップでしたが、Mペースインターバルで、レースペースの確認を最後まで行いました。

 

フル前に思ったようなポイント練ができてなかったので、ペース感覚がどうも不安でした。

 

10月19日にいわて盛岡シティマラソンを走ってから、盛岡とは逆方向にある平泉町へ観光へ向かいました。

岩手飯岡駅から東北本線に乗ること約90分で平泉駅に到着。

目的は中尊寺金色堂。

歴史の教科書にも出てくる有名な歴史遺産です。

平泉駅から1.5㎞ほど離れたところへあり、リカバリーを兼ねて歩いて向かいました。

中尊寺入り口手前に、まさかの武蔵坊弁慶の墓がありました。

調査不足でした。
 

武蔵坊弁慶の墓

 

岩手県平泉町にある「武蔵坊弁慶の墓」は、源義経の忠臣として名を残した弁慶が最期を迎えた場所として知られています。中尊寺からほど近い「高館義経堂」へ向かう途中、静かな木立の中にひっそりと佇む小さな墓がそれです。

 

 

弁慶は義経とともに平泉へ逃れ、文治5年(1189年)、頼朝の軍勢に包囲された際、最後まで主君を守って戦ったと伝えられます。全身に矢を受けながらも立ったまま息絶えたという「弁慶の立往生」は、今も多くの人の心を打つエピソードです。

 

 

それから中尊寺へ行きました。

 

 

中尊寺

 

岩手県平泉町にある「中尊寺(ちゅうそんじ)」は、東北を代表する世界遺産のひとつで、奥州藤原氏が築いた栄華の象徴として知られています。今から約900年前、藤原清衡によって創建され、戦乱の世にあって「仏の力で平和な世界を築きたい」という願いが込められているお寺です。

 

 
 

 

なかでも有名なのが「金色堂(こんじきどう)」。堂内はその名の通り、壁も柱も天井も金箔で覆われ、豪華絢爛。極楽浄土の世界をこの世に再現したといわれています。金色堂には藤原清衡をはじめ、奥州藤原氏三代の遺体が納められており、平泉の歴史の深さを感じられる場所です。

 

 

 

 

 

参道の月見坂を歩くと、杉の大木に囲まれた静かな空気が漂います。

 

 

 

残念ながら金色堂の写真撮影はNGでした。

金ぴかでしばらく見入りました。

 

 

写真は中尊寺HPから。

おわり