家康さんもビックリ~~~、じゃないかしら。
日光に行ったのは確か半世紀前(マジか~~?
)の修学旅行。当時ほとんど見分できなかった、のは、確か「メンタル腹痛」が起きて、動きが取れなくなっちゃったから。当時は「腹痛がメンタル原因で起こることもある」なんて知らなかったし、周囲も考えてなかったんだろう。楽しくない思い出。
マトモに観れなかったんだし、いつかちゃんと行ってみよう、とかねがね思ってて、ようやく今更行って驚いたこと。相変わらず、子供の修学旅行先って日光なんですか?
駐車場に滑り込みセーフ!!で東照宮。
うっそ~~ってくらい人だらけなのだ。子供がめちゃ多い。引率する先生方も大変そう。何とか見分けようという事なんでしょう、帽子を統一したり、ザックに同色の布をぶら下げたり、今の子供達って基本的にきちんとしているようで、そんなに大騒ぎにはなっていないんだけども。
しかし、東照宮って、「修学」するとこじゃないよねえ。観光地だもの。
一応一通り観たので、華厳の滝。今度は車だらけなのだ。
でもまあ、何とか観ることができて、一応修学旅行し直しはそれなりに終了。車の機動性には改めて感心する(除駐車場)。
さて、その後はどうしようか、かねてから気になっていた、足尾銅山に行くことに。これが、大ヒット!!!
足尾銅山といえば、自分の頭では即「鉱毒事件」となってしまっている。しかし、実際はどうなんだろうか?
だ~~れもいない、日光から車で30分程度なのになあ。。。。黄色いトロッコを、私一人のためにおじさんが運転してくれまして、坑道内へ。
銅山の採掘は江戸時代からなのか、知りませんでしたよ・・・・・・。
となると、江戸の昔から散々採掘してきて、なんでいきなり公害(当時はこんな言葉もなかったでしょう)?訳分らんかったろうなあ~~、当時の人達は。で、実は、昭和(しかも戦後)まで採掘は続いていたという。つまり、鉱毒については技術でもって克服したようなのだ。これ、「修学」にふさわしくないですか?
「安全専一」
「安全第一」になったそう。足尾銅山が発祥なんだって。工場の安全管理、ここから始まったのか・・・・・。
残念なのは、展示内容が正>>濁だった事。鉱毒事件は、やっぱり当事者としては、あまり触れてほしくないかもしれない・・・・・。
これ、銅山を「主人公」にした大河ドラマなんかにしたら、凄い作品になるんじゃないかしら。人じゃなくて場所が主人公っていうお話ってあまりなさげだし。
でね、ここ以外にも「修学旅行」にふさわしい場所ってこの界隈色々あると思うんだけど。銅山もだが、大谷石資料館も、富岡製糸場もあるでしょ。近代の色んな人の仕事っぷりがよく分かる施設ばかり。どうして行かない???
いつも思うんだけど、ホント、学校って思考停止してるよ。







