村上春樹版「ハイブ・リット」収録の2作品め。ネタばれです。
これは、近場の送り迎えでちょこちょこ車に乗っている間、聴いていた。だから、断片的。
最初、始まった時「これ、レイモンド・カーヴァーの声じゃない!」と思った。いや、別に、私は彼の声なんて聞いたことない。顔写真さえみたことない気がする。でも、絶対こんな声じゃない、と思った。だってナレーションの声は、とても端正で、さわやかでさえある。ごく軽くどんどん読み進めていく感じ。私はレイモンド・カーヴァーはそれほど読んだわけではないが、でも、こういう感じじゃないはず、と思った。すごく短くて的確だけど、なにか、もっと熱い感じ…人間の凄みのようなものを感じてきた。
(実際に本を見たら、ナレーションはほかの人だった。)
この物語でおきる出来事。
母親が子どもの誕生日用にケーキを注文する。子どもが誕生日当日車にはねられる。病院に入ってこん睡状態に陥る。父母は死ぬほど心配する。着替えに家に戻ると嫌がらせ電話がある。子どもは死ぬ。家に帰るとまた嫌がらせ電話がある。ケーキ屋だ。ケーキ屋に八つ当たりに行く。みんなでシナモンロールなどを食べる。
短編小説であり、こと簡潔な文章を書くとされるカーヴァー作品ではあるが、文は、もしかしたら、簡潔なのかもしれない。しかし、書かれている事象がとてもリアルで、細かくて、本当に心配で気が遠くなりそうになりながら必死で耐えている両親の気持ちになってしまう。病院の看護師の様子。ベッドの形。病室が病院の正面玄関の上方にあるであろうこと。ケーキ屋の作業台の様子。自宅のソファの形(イメージだが)。
題名が「A Small、 Good Thing」なので、子どもは助かるんだとばかり思っていた。こういう、ぐるぐるとした心配をさんざんして、でも、子どもは起きるのだと信じていた。途中、心配になって、タイトルを確認してしまった。
でも、状況がじりじりと悪化していく。「大丈夫、何も異常はありません。ショック状態で寝てしまっているだけです」が、「今は、こん睡状態、としておきましょうか」という。X線検査で問題がない、と言っていたのに、もっと検査が必要だという。「何のために?」「でも異常はないんです。起きてくれさえすれば、もう、安心なんですが」「でも、やっぱり、なにか重大なことが起きているんでしょう?」「いえ、安定しています」悪いことを決して言わない医者に苛立つ両親。でも、事態が悪化しているという直感がある。そして、いったん、目を覚ましたかに見えたこどもは最期の声を吐き出してあっさりと息を引き取る。
こういう、別に、事態が目に見えて悪化したりしなくても、なんとなくいつの間にかどんどん悪くなっていっていて、無理やりそれに慣らされる、という状況は、想像がつく。卑近な例だが、わが娘の状態も、別に聴力が非常に悪い、という以外、MRIでみても、異常はないと言われていた。でも、あきらかに、普通じゃないんじゃないか?と思っていたら、最初は、「基底核にちょっと不具合がある」(何それ?)「不随意運動ですね」(いや、それはそのようだが、それってなぜ?どうすればいいの?)「脳性まひだと思います」(え?そ、そうなの…?)というように、9か月くらいかけて、なし崩し的に悪いことが知らされた、というように感じている。(おそらく、状況は最初から同じで、まあ、本当に最初はテストで異常が見られない以上、あえて悪いことを言わない、ということなのかもしれないのだが。)この作品のお医者は、心から大したことないと思っていたようだが。
息を引き取るシーンでは、何がおきたかわからなくて、巻き戻して聞いてしまった。長男のピアノのレッスンの帰りで、彼はいろいろ話しかけたそうだったが「ごめん!ちょっと黙ってて!」といって聞きなおす。ウソでしょ!ウソでしょ!茫然としてしまった。
それから、両親が家に帰らされて、親類に連絡等した後、二人で悲しみに暮れている間に、かかってくる嫌がらせ電話。電話の主は、ケーキの注文を受けてケーキを作った職人。労力をかけて作ったケーキがピックアップされないので、怒っているのだ。
でも、両親は逆切れする。夜中に働くケーキ屋におしかけ、自分たちがケーキを取りに行くのを忘れたことは棚に上げて(一切謝らず)、「なんてひどい人なんだ!恥を知れ」と責める。(この個所は、この人たちもちょっとどうなのだろう?と思ってしまったが。)それは、もちろん、そんな状況で嫌がらせ電話を受けたことに対する怒りもあるが、大きいのは、何の前触れもなく子どもを奪われた、不条理に対する怒り。やり場のない怒り、悔しさをぶつけた、という感じ。ケーキ屋は、二人をなぐさめ、謝り、「ずっと食べてないんでしょう(とは言ってなかったけど)。こういうときは何か食べたほうがいい。食べるというのは、a small, good thing(ささやかだけど、善いこと)だから」と、シナモンロールを出す。3人で食べながら、ケーキ屋は、自分が孤独な人生を歩んできたことなどをぽつぽつと話す。それで、両親が感じている激しく渦巻く怒りや悲しみは、静かなそれになっていく。
というこの様子も、とても、いい。両親の悲しみが減ることはなくても、でも、救われる、というのはあるだろう。
2回目を聴いたときは、状況がもっとよく理解できて、涙がぽろぽろこぼれた。子どもが死ぬところ、両親が悲しむところ、ケーキ屋がなぐさめるところ…。
短編小説だし、状況を淡々と描くところはカーヴァーなのだろうけれど、ちょっと私の印象としては、今まで私が読んだもの(Will You Please Be Quiet, Pleaseなどに入っているものなど)と、だいぶ違う。悲惨なストーリーには違いないが、なにか、しみじみとした温かみを感じる作品だった。朗読で聴いた、というのも、ドラマチックで良かったかも。(でもナレーションの声は、ちょっとイマイチ。もう少し、年を重ねた声の方がよかったなあ。)