Franz Schubert "Gretchen am Spinnrade" 

ゲーテ「ファウスト」から

 

 悪魔メフィストフェレスと契約を交わした老学者ファウストは、若さを手に入れ、14歳のマルガレーテに恋をした。マルガレーテは花占いをするような清純な町娘。悪魔の魔法が効いたのか、グレートヒェン(=マルガレーテ)は自分の小さな部屋でひとり糸車を回しながら、自分に目覚めた欲望のきざしやファウストへの想いを歌う。

 

 原詩は、四行ずつ十連つづく。偶数行が脚韻を踏んで、同じ音が繰り返され、単調に回り続ける糸車を示す形になっています。

 

 この後のグレートヒェンの悲劇を思うと涙を誘いますが、シューベルトの歌曲は詩の心情に寄り添ったメロディになっており、何度聴いても色褪せることはありません。グレートヒェンのような透明感のある美しいバーバラボニーの歌声で。

 

https://www.youtube.com/watch?v=kacShUJZTQY

●井上正蔵訳

落着きがなくなったわ

胸が苦しいの。

やすらぎはもうもどらない。

いつになっても、(*)

あの方のいないところは、

どこも墓場よ。

この世のすべてが、

とてもいやなの。

このあわれな頭は、

狂ってしまい、

このあわれな心は、

千々にくだけた。

(*)繰り返し

ただあの方をさがして、

窓から外をながめ、

ただ、あの方を求めて、

家から外へ出て行くの。

あの方の凛々しい足どり、

けだかいお姿、

唇のほほえみ、

まなざしの魅力。

そしてお話の、

妙なる流れ、

握りしめるお手、

それに、ああ、あの接吻!

(*)繰り返し

あたしの思いはただ、

あの方を求めるのよ。

ああ、あの方をとらえ、

しっかり抱きしめて、

そして心ゆくまで、

接吻ができたら、ああ、

その接吻にわが身が、

融けて消えようとも!