「きみが遠くにいたあいだ、ぼくはしばしば詩を読んで、きみの生命(いのち)をいまここに、いっそうまざまざと感じることができるようになった。

きみの マルティン」(1925年6月14日)

 

 20世紀の名著「存在と時間」を著したハイデガーも、若く美しい愛弟子(アーレント)を前にしては、ひとりの恋する詩人だった。

 

 手紙には、ハイデガーが贔屓にしている詩人ヘルダーリンの詩について触れたり、マンの「魔の山」を「現存在」や「時間」の研究のために読んでいるということ、「時間」や「存在」の語を多用した恋文で、ハイデガーにしか書けないラブレターでした。自分で詩を書いて、しばしばアーレントに捧げているのがロマンチック。アーレントは贈ってもらった詩に日付を記してその詩を大切に保管していた。お互い家庭があって離れた時期は、アーレントの肖像写真を送ってもらい、無邪気に喜んでいたりする。ときどき教師魂に火がつくのか、説教めいたことも言っていたりする。

 

 残念ながらアーレントがハイデガーにあてた手紙は現存するものが少なく、アーレントの声はこの本からはあまり聞こえてこないです。でも、世紀の哲学者と政治学者が交わしたラブレターや研究のやりとりは、一読の価値ありでした。

読書のBGMは、アーレントがハイデガーに贈ったレコードの曲「ベートーベン作品111(ピアノソナタ32番)」から

https://www.youtube.com/watch?v=8AQ9hZTpgwM