京大塾講師 JUNこと
池田潤さん
受験生の心強い先輩であり、
先生でお兄さん
なんで受験も終わった
私が押すのか
下記のHPでYOUTUBE塾というのがありますが、
これをみてもらえばわかると思う。
http://junmethod.com/
モチベーションを高める方法などは目から鱗。
長倉顕太さんと対談動画をみて
初めて知った方ですが
受験生ではないけど、
会社で資格とれとうるさい
英語やりたいのにどうも、やる気が・・・
という人におススメ
やりたいと考えてるのに腰が重いってのは
自分のことでもあるけど
登録はこちら
「最強の受験勉強メールシリーズ」
http://bit.ly/MBBZcV
世界は本当にやさしい。
今日は終日モヤモヤしたままだった。
今の私はこれでいいのか。
これだけ、胸がザワザワするのは方向が違っているせいではないか。
ただ単に、自分に恥じているだけなのか。
全くわからないまま夜がきた。
みんな受け入れてくれていたじゃないか。
その事実で十分。
そう思うと少しほっと出来た。
あとは
自分の世界を作ってゆけばいい。
今のこの違和感も何もかもが
全肯定できる未来にすすめばいい。
今日は終日モヤモヤしたままだった。
今の私はこれでいいのか。
これだけ、胸がザワザワするのは方向が違っているせいではないか。
ただ単に、自分に恥じているだけなのか。
全くわからないまま夜がきた。
みんな受け入れてくれていたじゃないか。
その事実で十分。
そう思うと少しほっと出来た。
あとは
自分の世界を作ってゆけばいい。
今のこの違和感も何もかもが
全肯定できる未来にすすめばいい。
1/23映画鑑賞感想の続きです。
【ビール・フェスタ無修正版~世界対抗一気飲み選手権】
一言でいえば
「ビールをダシにしたおバカ映画」
無修正とあるように、アレやコレやピンク色のセリフ・映像や醜悪場面が多い。
ご都合主義だけど、都合よさを「魔法や奇跡の力で起きた」
事にはしていないのはエライ
300で『この映画で得るものはなんだろう』と考えながら視聴しはじめ
その思考のままこのおバカ映画を観ていると、不思議なことに
ポンポン考えが浮かぶ。
「あんな葬式いいなぁ」
「好き放題言える友達は最高だなぁ」
最初は出てきた場面への感想が多かったけれども
徐々に
「なぜ」が増えてきた
「なぜうまく自転車が乗れないだけで気になるのか」
「なぜ出来ないことが笑いの種になるのか」
それらの感想の要点は
「違うことの面白さ」
へと集約されていった。
昔、東ティモールが独立した時
「違うことは本当は面白い事」じゃないかと思い、
アイヌの「違うことは美しい」という言葉とも出会い
共感していた。
たぶんその前提が影響しているとは思う。
そうなるとロミオ+ジュリエットの違和感は何?
水と油のようなあの感覚は?
これが答えだというものはまだ出てないけれど、
考えられることとして
「感覚の情報が少なくて、その世界を受け入れられなかった」
のではないかと思う。
違いについての考えはまだまだ終わりそうにないけど、
このままでは最後どこに行くのかわからなくなるので感想に戻る
考えてみれば、
「これはおバカ映画です」とあからさまにアピールされて
おばかですね、くだらないですね。と思い。
「バカだなぁ、海外の笑いはわからん」で終わる。
感想がそれだけって
自分の感想・視点を投げ出している証拠じゃない?
とくにくだらないと思うもの、自分にはないもの異質な事に対して
「なぜ」を問う。
これがこんなに面白いことだとは思わなかった。
たぶん、違うことを主体的に受け入れて考えようとして、
日本や日常の「違い」
映画やストーリーで「こうなるはず」を「裏切る」
そういった事がとっかかりとなり、疑問がうまれやすく
「なぜ」を生んでいったのだと思う。
映画を見る基準がより主体的に変わった映画。
そして、もっと主体的であろうと気づかされた映画。
【40歳の童貞男】
ビール・フェスタの余韻でまたまたコメディ。
一言でいえば
「魔法使い10年の猛者が卒業する道程」
(サブカルワールドでは
30歳まで童貞だと魔法使いになるとか言われてる様子)
どうもなにかが引っ掛かる、うーんなんだろう。
引っ掛かるのがなにか、突き詰めて行くと
「性にたいして世間一般常識に囚われていた」から。
しかも囚われていた状況で、自分の感覚価値観だと勘違いしてたから
恥じていたのかぁと納得。
回りの憎めないおバカなメンズに
振り回されるように日々を過ごして変わっていく。
自分をさらけ出して、みんながかかわるようになって、
自分の環境が変わってく。
不快なことも何もかもあって当然。あるのが変化だもの。
やっぱり環境を変えるのが
自分を変化させるには一番なんだなぁと
改めて確認できた映画。
そして、自分をさらけ出した時の勇気と強さは間違いない。
-----------------------------------------------------------------
記憶に残ったセリフ
【ビール・フェスタ無修正版~世界対抗一気飲み選手権】
「人間はみんな、ある意味娼婦」
「自分のために戦う」
【ビール・フェスタ無修正版~世界対抗一気飲み選手権】
一言でいえば
「ビールをダシにしたおバカ映画」
無修正とあるように、アレやコレやピンク色のセリフ・映像や醜悪場面が多い。
ご都合主義だけど、都合よさを「魔法や奇跡の力で起きた」
事にはしていないのはエライ
300で『この映画で得るものはなんだろう』と考えながら視聴しはじめ
その思考のままこのおバカ映画を観ていると、不思議なことに
ポンポン考えが浮かぶ。
「あんな葬式いいなぁ」
「好き放題言える友達は最高だなぁ」
最初は出てきた場面への感想が多かったけれども
徐々に
「なぜ」が増えてきた
「なぜうまく自転車が乗れないだけで気になるのか」
「なぜ出来ないことが笑いの種になるのか」
それらの感想の要点は
「違うことの面白さ」
へと集約されていった。
昔、東ティモールが独立した時
「違うことは本当は面白い事」じゃないかと思い、
アイヌの「違うことは美しい」という言葉とも出会い
共感していた。
たぶんその前提が影響しているとは思う。
そうなるとロミオ+ジュリエットの違和感は何?
水と油のようなあの感覚は?
これが答えだというものはまだ出てないけれど、
考えられることとして
「感覚の情報が少なくて、その世界を受け入れられなかった」
のではないかと思う。
違いについての考えはまだまだ終わりそうにないけど、
このままでは最後どこに行くのかわからなくなるので感想に戻る
考えてみれば、
「これはおバカ映画です」とあからさまにアピールされて
おばかですね、くだらないですね。と思い。
「バカだなぁ、海外の笑いはわからん」で終わる。
感想がそれだけって
自分の感想・視点を投げ出している証拠じゃない?
とくにくだらないと思うもの、自分にはないもの異質な事に対して
「なぜ」を問う。
これがこんなに面白いことだとは思わなかった。
たぶん、違うことを主体的に受け入れて考えようとして、
日本や日常の「違い」
映画やストーリーで「こうなるはず」を「裏切る」
そういった事がとっかかりとなり、疑問がうまれやすく
「なぜ」を生んでいったのだと思う。
映画を見る基準がより主体的に変わった映画。
そして、もっと主体的であろうと気づかされた映画。
【40歳の童貞男】
ビール・フェスタの余韻でまたまたコメディ。
一言でいえば
「魔法使い10年の猛者が卒業する道程」
(サブカルワールドでは
30歳まで童貞だと魔法使いになるとか言われてる様子)
どうもなにかが引っ掛かる、うーんなんだろう。
引っ掛かるのがなにか、突き詰めて行くと
「性にたいして世間一般常識に囚われていた」から。
しかも囚われていた状況で、自分の感覚価値観だと勘違いしてたから
恥じていたのかぁと納得。
回りの憎めないおバカなメンズに
振り回されるように日々を過ごして変わっていく。
自分をさらけ出して、みんながかかわるようになって、
自分の環境が変わってく。
不快なことも何もかもあって当然。あるのが変化だもの。
やっぱり環境を変えるのが
自分を変化させるには一番なんだなぁと
改めて確認できた映画。
そして、自分をさらけ出した時の勇気と強さは間違いない。
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記憶に残ったセリフ
【ビール・フェスタ無修正版~世界対抗一気飲み選手権】
「人間はみんな、ある意味娼婦」
「自分のために戦う」
