で検索すると金額がでてきますが・・・


大した結果を出せないくせに高過ぎます。

コスパ最低の人たち多すぎ。

選挙でも何の反省も無いクセに、言葉だけは達者、巧みで他に取り柄なし。言ってることいったいどうやって実現するのか、手法も無くほとんど無理でしょう。

いつも騙す選挙で、結局は増税するだけ、戦前に後戻り。更に悪い外国人頼みの政策。

税金たらふくむさぼる輩が多くの民を犠牲にしているだけで政治とは程遠い。

なので今後政治家の給料は基本給0円の歩合給で決まりだ。

正味だと40年ぐらいだろうか?


いや、もっともっと少ないかと思う。


学校、仕事、面倒な付き合い、テレビとか見た時間、等々・・・は除かれるだろう。


本当の自分の人生だったと思える日は10年分も無かったかもしれない。


多ければ良いと言うものでは無いだろうけれど。


量や長さを言うのは、質を言うよりたやすいが、それだけでしかない、かと思う。




なんの苦労も犠牲も感じない幸せな人の言葉なんだろうと思う。


日本人の少し昔の寿命は5、60年だったそうな。辛い人生で早死にだったのだろうか。


誰かの命を奪うことで100まで生きるような、弱肉強食か。


2年前の火葬の日も秋晴れでした。前日まで大雨だったのに。

偶然と思うより、父が天気を変えてくれたんだと、勝手にそう思う。


きっと母や兄は、命日も火葬の日も覚えてないだろう。


あの時は、言われても言われなくても、気づかない事が幾つもあったと·····。

父が亡くってから、時々自然と気づくみたいで。


大切なことほど言葉では伝わらないってことも。

寧ろ、言葉にしたら伝わらないのかもしれない。

一緒に生きていたという、

その事実の記憶を代える術は無いと思う。



あれは確か小学生の時、何年生だったかは覚えてませんが、恐らく低学年だったと思います。授業中、先生から生徒への質問で「尊敬する人は誰ですか?」と言うのがありました。手を挙げた生徒が回答すると「両親です」というのが何人もありました。私は手を挙げられませんでした。それよりも、親が尊敬の対象になることに違和感があったよう覚えています。しかしこの年齢になってやっと父を尊敬する気持ちを持つことができました。遅すぎて親不孝です。