クローバー愛唱歌集の「夏のゆうべ」はフィンランド民謡です。
北欧は民謡の宝庫と言われるように、美しい歌が沢山あります。
フィンランドの作曲家シベリウスの作品を早くから積極的に演奏していたのは、日本フィルハーモニーの指揮者の渡辺暁雄でした。「夏のゆうべ」の作詞者の渡辺忠恕は、暁雄の兄です。
共同通信の記者、ジャーナリストとして活躍した人で、北欧の生活や文化の紹介にも力を尽くしました。
この兄弟の父親、渡辺忠雄はルーテル派教会の神学生で、フィンランドに留学していた時に音楽学校の学生のシーリ・ピッカネンと恋に落ち結婚し、1912年、長野県長池村(現在は岡谷市)の渡辺の生家に帰国しました。
渡辺家ではシーリに日本人としての生活態度、長男の嫁としてふさわしい振る舞いや言葉遣いなどを望みました。また、何時間も畳の上に正座しているなど、彼女の日本での生活の苦難は心身ともに厳しいものでした。
なにしろ、この当時の長野の農村では、今朝の味噌汁の実は葱にせよとか大根にしておけとか、そんなことまで全て家長が指示をするというような生活が、当たり前のこととして受け入れられていたといいます。
7年間の長野での生活の後、東京の巣鴨の教会に家族4人で赴任した時には、「まるで人生の曙に出会ったような喜びを感じた」としるしています。ここでは、教会のオルガニストをし、また自由主義的な教育で知られる文化学院でピアノや声楽の教授をしています。
フィンランドは美しい森と湖の国であり、またロシアなどの圧政に苦しめられてきた歴史を持つ国です。シーリの出身地のソルタヴァラはロシアとの国境地帯にあり、ここ五百年の間にフィンランド、スウェーデン、ロシア、フィンランドと支配者が変わり、現在はロシアのカレリア共和国となっています。
フィンランドには「シス」ということばがあり、古くから受け継がれる特別な精神力、いわば「フィンランド魂」が困難に立ち向かう時には発揮されるのだということです。
シーリの生涯はこの「シス」と信仰に支えられたものだったのです。
夏の夕暮れ時はどんな昔の日を思い出させるのでしょうか。
ryu