クローバー混声合唱団のブログ

クローバー混声合唱団のブログ

歌大好き!打ち上げ大好き!むしろそっちかな?

             midori3midori2  midorimidori4キラキラ
 
クローバー混声合唱団は
Nコンフェスで放映されました。

 

●団員を募集しております
●どなたでも大歓迎
 
ぜひ一度見学にいらしてください

       

kuro-ba-kuro-ba-kuro-ba-kuro-ba-kuro-ba- お問い合わせ mori-355@outlook.jp 

イランの戦争が心配です。イランは今ではシーア派イスラム教を国教とした、黒々としたヒジャブとかチャドルとかに覆われた国ですが、17世紀のペルシャ王朝のころには、王都イスファハーンは「世界の半分」と呼ばれ、アジアとヨーロッパの各地から言語も宗教も異なる商人と商品、文化・芸術が集まり、世界の産業と文化の中心地でした。民族音楽研究者の小泉文夫氏は、「死ぬ前に聞きたい音楽を一つだけあげるならば、ペルシャの古典音楽だ。」と言っていたそうです。

イスラームの経典はコーランです。コーランには信仰の基本から日常生活の細かなルールまで網羅されていますが、音楽については何も書かれていないようです。また、豚肉を食べてはいけないことなども特に書かれてはいません。書かれていないことについてはホメイニーのような宗教指導者がその都度決めることになっています。

 

一般にイスラームでは、音楽そのものより、その目的と内容が重視されています。そのため、宗教的な儀礼のための曲や教育的な歌、戦意高揚のための軍楽などは許容されています。モーツァルトやベートーヴェンのトルコ行進曲のもとになったオスマン帝国のイェニチェリ軍楽隊も、国家の威信を示し軍隊の規律を保つという「公的な目的」があったため、大切に維持され発展してきました。「ジェッディン・デデン」という曲は日本でもドラマに使われて有名になりました。

 

イスラム諸国に旅行すると街に鳴り響く、礼拝の呼びかけ(アザーン)やクルアーンの読誦(どくしょう)は、旋律があっても「音楽」ではないと見なされます。アザーンは、純粋に「神の言葉を伝える声」だとされているからです。楽器の音色は「人の感情」を揺さぶりますが、人間の声は「人の魂」に直接訴えかけると考えられています。このため「声」の美しい響きは、ペルシャの古典音楽でも広く受け入れられていました。しかし、飲酒や不道徳な場を伴うもの、偶像崇拝につながるもの、神への義務を忘れさせるような過度な娯楽音楽は禁止されています。 

一方、異端とされているイスラム神秘主義(スーフィー)では、むしろ音楽を「神に近づくための手段」として積極的に取り入れています。トルコの「メヴレヴィー教団」の旋回舞踊では、葦笛に合わせて踊ることで、神との一体感を目指しています。

 

インドネシアは世界最大のイスラム国家ですが、ガムラン音楽という伝統芸術が有名です。インドネシアにやってきたイスラム教徒は主にインド商人で、宗教より商売に熱心であったため、伝統的な歌舞音曲とイスラム教の布教を、よりよく共存させてきたと言われています。

 

ところで、イスラム教の開祖であるムハンマドはうたを歌ったのでしょうか。過酷な労働の時などは、彼が仲間たちと共に、リズムに合わせた短い詩や掛け声を唱和して士気を高めたという記録があります。イスラム版「ヨイトマケの歌」でしょうか。

 

音楽を宗教儀礼に積極的に取り入れたキリスト教は、どうだったのでしょうか。イエス・キリストが歌ったという記録は、新約聖書の中の「最後の晩餐」にあります。イエスは弟子達と共に賛美の歌を歌ってから、オリーブ山へ出かけて行ったとされています。歌ったのは旧約聖書の詩篇の「ハレル・ハレル」と呼ばれる賛美詩であったと考えられています。

 

仏陀(釈迦)が歌を歌ったという記録は、経典の中にはないそうです。しかし、とても良い声でお説教をしたので、動物たちまで聞き惚れたという伝説もあり、それが現在でも声明となって伝わっているのかもしれません。

 

RY

としま区民センターでセンテニアルオペラの「トゥーランドット」をみてきました。素晴らしい舞台でした。

プッチーニはイタリア・オペラの代表的な作曲家です。舞台を世界の各地に取り、

このトゥーランドットは中国、蝶々夫人は日本、西部の娘はアメリカがそれぞれ舞台になっています。

題名になっているトゥーランドットは中国の王女なのですが、とても中国の名前のようには思えません。今回のプログラムには、ペルシャ語の「トゥーラーン」に由来するとし、トゥーラーンは中央アジアの地名とされています。つまりペルシャの姫君ということになってしまいます。相手役の王子カラフはタタール人なのですが、国王である父親の名前はティムールです。歴史上のティムール帝国の王はジンギスカンの子孫と称していたので、モンゴル人であろうかと思いますが、ヨーロッパ人にとっては、ペルシャもタタールもモンゴルも中国も、もうどこでもよいのかと思われます。

 

プログラムには漢字で杜蘭朶と書かれています。「杜蘭」とはなんでしょうか。杜蘭はデンドロビウム、朶は花とか輪のことだそうです。デンドロビウムというのは、ラン科セッコク属に分類される植物の総称で、洋ランと言われている花を指すそうです。世界の四大洋ランの一つです。花言葉は「わがままな美人」「天性の華を持つ」です。セッコク(石斛)は生薬にもなるそうで、消炎、強壮、美声薬の薬効があるようです。

カラフという王子は、ややこしいクイズを出す「わがままな美人」で謎解き姫のトゥーランドットに夢中になるのですが、きっとクイズマニアなのでしょう。この「謎解き姫」のタイプのお話は世界中にあるそうですが、なぜか求婚者が勝つことが多いようです。伝統的な昔話では、「かしこ過ぎる女」が、より賢い男によって支配されることによって、社会秩序が守られるという側面があったようです。その意味では、日本の「竹取物語」のように、謎を出す姫がすべて勝つというパターンは大変珍しいそうです。

このオペラでは、女奴隷のリューが、主役のトゥーランドットより印象の強い歌を歌いますが、主人であるティムールやカラフは、「泣くなリューよ」などと自分勝手なことばかり言っていて、最後までリューを奴隷の身分から解放して自由にしてあげないのも気の毒な話です。歴史の上では、タタール人女性が奴隷身分から解放されて権力を握り、女王になった事例もあります。まあ、それでは悲劇にはならないのですが。

 

祝典の音楽は盛大に鳴り響きますので、芦沢先生は大熱演です。一人オーケストラですので大変です。でもしかし、カラフの叩く銅鑼の音は、本物を打ち鳴らしてほしかったなあと思います。

このオペラの見どころ聴きどころは、何といっても「茉莉花(ジャスミンの花)」などの中国の民謡によるメロディーがいろいろ聴こえることです。もちろん、カラフの「誰も寝てはならぬ」や、リューの「氷のような姫君の心も」は素晴らしいものです。そして、道化役に見える三人の大臣、ピン(平)、パン(龐)、ポン(彭)の掛け合いも、とても素晴らしいものです。今年は指折り数えてこれがもう13人目だ、我らは首切り役人になり下がってしまったと嘆き、竹林に囲まれた故郷に帰りたいと歌います。なかなか身につまされるものがあります。ここでもまた、リズムもメロディーも中国民謡のように聞こえてきます。

 

ところで、「ママと遊ぼう、ピンポンパン」というTVの番組がありましたが、これはこの三人の大臣の名前からとったそうです。命名者は「どうにもとまらない」や「サウスポー」「津軽海峡冬景色」を作詞した阿久悠だそうです。

 

RY

昨年も年末にはベートーヴェンの第9交響曲の演奏会があちこちでありました。

これは年末の風物詩かと思っていましたが、「国技館すみだ第九を歌う会」という団体は、2月に演奏会を行います。すでにチケットは完売しているそうです。凄いですね。「歓喜の歌」を一度は歌ってみましょうと、だれでも参加できることをセールスポイントにしている演奏会もあります。歌ってみたいとも思いますが、全人類の理想を謳ったと言う、シラーの「歓喜に寄す」の歌詞とも併せて、どうにも恐ろし気です。しかもこの曲でコーラスが歌うのは15分ほどで、出番までの1時間はただ待つだけです。疲れそうです。

クラシックの名曲を聴いていて、私が一度は歌ってみたいと思った曲は、もっと優し気な、モーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスでした。

 

「アヴェ・ヴェルム・コルプス (Ave verum corpus)」とはラテン語で「めでたし、まことのお体よ」という意味で、イエス・キリストの聖体(パンとぶどう酒に変わったキリストの体)を賛美する聖歌・賛美歌です。カトリック教会の典礼や行事で演奏されることが一般的です。ですので、歌詞についてはどうこう言っても仕方がないのですが、ラテン語の意味が解らない私には、ただありがたいお言葉と思うだけです。13世紀のローマ教皇インノケンティウス3世の作詞とされています。

この歌が歌われるのは、

1. キリストの聖体の祭日

この曲は、「キリストの聖体」あるいは「聖体祭」という祭日のミサで歌われるのが

本来の目的です。

2. ミサの中の「聖体拝領

通常のミサの中でも、信者がパン(聖体)を口にする「聖体拝領」の最中に歌われることがあります。 

3. 聖体賛美式(ベネディクション)

ミサ以外でも、聖体を祭壇に置いて祈りを捧げる「聖体賛美式」などの儀式でも歌われてきました。

 4. 葬儀や追悼の場

その清らかで安らかな旋律から、現代では音楽葬や追悼演奏の定番曲としても非常に人気があります。

 

ところで、この「キリストの聖体」あるいは「聖体祭」という祭日はいつなのでしょうか。

キリスト教の祭日はクリスマス(12/25)のように固定しているものもありますが、移動祭日として毎年変わるものも沢山あります。

この「キリストの聖体」も毎年変わります。移動する祭日の基準は「復活祭」です。

 

1 磔にされて死んだキリストが復活したことを記念する「復活祭」は春分の日の後の最初の満月の次の日曜日(今年は(4/5))と決められています。

2 復活祭から数えて50日目は聖霊降臨の祭日」(5/24)です

3 聖霊降臨の祭日の次の日曜日は「三位一体の日曜日」(5/31)です。

4 三位一体の日曜日の後の木曜日が「キリストの聖体」(6/4)となります。

この日は聖体を崇める日で、特定の出来事を祝うものではないとされています。

さらに、「キリストの聖体」の翌週の金曜日には「イエスのみ心」(6/12)の祭日が続きます、

どうしてそういう巡り合わせになるのかは、キリスト教の信仰のない者にはさっぱりわかりませんが、ともかくそのように決まっています。

 

この曲は、モーツァルトの妻コンスタンツェが、ウィーン郊外のバーデンで足の治療を受けた時に、面倒を見てくれた合唱指揮者アントン・シュトルへの感謝を込めて、この祭日に合わせて作曲され贈呈されました。曲は祭日の1週間前の、1791年6月17日に完成しました(自筆譜に日付があります)。そしてこの年の「キリストの聖体」の祭日である6月23日に、バーデンの聖シュテファン教区教会で、シュトルの指揮で初演されたと記録されています。 

聖シュテファン教会聖歌隊のホームページには、これらのことが誇らしげに書かれています。聖歌隊の歌うアヴェ・ヴェルム・コルプスも聞くことができます。とてもすっきりと優しく美しく歌われています。

 

https://kirchenchor.baden-st-stephan.at/

 

RY

先にお知らせしたNコンフェスにビデオ参加して、見事番組中で生放送された記念にNHKより乙女のトキメキ「賞状」をいただきました

賞状

思いがけないことでビックリやら、嬉しいやらハート

早速親戚縁者に知らせた人も…。

良い記念として、これからの励みになります。

嬉しいクリスマスプレゼントプレゼントをいただきましたクリスマスツリー

11月1日の目黒区合唱祭ルンルンに参加しました。

寺山修司の「種子」と江間章子の「花のまわりで」の2曲を歌いました。

「種子」は合唱組曲「思い出すために」の中の一曲で、メロディーも内容もむつかしい歌でした。2曲目の「花のまわりで」は、(種子が芽吹いてきれいな花が咲きました)と野中さんがアナウンスをし、その間に団員は後ろを向いてお面をつけ、Nコンフェスの「ベストドレッサーでショー」のスタイルで歌いました、満場拍手喝采でした。

 

講評の先生方からは、嬉しいことに、とても良い評価をいただきました。

ブルーハート原田勇雅先生

「種子」は言葉のひとつひとつに深い色合いが感じられ、ブレスコントロールも自然で、大変美しいです。ハーモニーと詩情が一致しているように感じられてよかったです。

「花のまわりで」はほほえましく、和やかなステージ、素晴らしいです!言葉もハッキリしていてフレージングも良いです。

メリハリのある選曲、充実したステージでした。(お花の飾り着けてみたいです・・・!)

 

ピンクハート望月哲也先生

「種子」は日本語の発音を大切に扱っていることがとても感じられる演奏。声もよく出ています。ヴォカリーズの「U」はもう少し丸く歌えると良かった。

「花のまわりで」は一気に雰囲気が変わって、音色が本当に明るくなり、まさに花が咲いたように華やかになりました。金田先生のご指導の賜物ですね。

2025

 

閉会の挨拶で目黒区合唱連盟の方から、昔のプログラムを調べてみると、第16回の合唱祭にも出演しているのが2団体あります、と紹介がありました。

一つはクローバー混声合唱団です。BRAVO!!! 

すごいですね!54年前ですよ。

団員の中にはまだ生まれてなかった人もいるのではないでしょうか。クローバーの底力はここにあるのですね。このまま、第80回にも第90回にも出演していきたいものです。

(もう一つは早春の会合唱団〔都立目黒高校音楽部OB会〕でした。

 

むかしむかし、まだ高校生だった頃、たしか文化放送の旺文社の大学受験ラジオ講座で、継続は力なりという言葉を何度も聞きました。

番組のテーマソングだったブラームスの大学祝典序曲と共に懐かしく思い出します。

 

RY