4月12日に、NHK東京児童合唱団の第17回ユースシンガーズ第12回ユースメンズクワイア演奏会に行きました。若々しく素晴らしい演奏会でした。そのなかでも「エストニア古歌Meestelaulud(Men’s Songs)」は力強く、楽しい歌で、こんな歌を伝えてきた人たちが住んでいる国はどんなところなのだろうと考えてみました。
エストニア、ラトビア、リトアニアをバルト三国と言いますが、国の名前もその場所もよく判らないという気がします。ノルウェー、スウェーデン、デンマークをスカンディナヴィア三国と言いますが、こちらについては何となく国の名前もその場所も分かっているような気がしていました。しかし、今回調べていると、お隣のフィンランドはスカンディナヴィアでもバルトでもないそうです。やはりよく分かりません。
エストニアについて、まず思いつくのは、大相撲の元大関把瑠都(カイド・ホーヴェルソン)です。198cm、189kgの恵まれた体格で平成24年1月場所に14勝1敗で優勝しています。引退後は国会議員や実業家として活躍しているそうです。 把瑠都の現役時代に来日したエストニア人が、浅草で通りがかりの日本人10人に聞いたところ、全員が大関の把瑠都を知っていると答えて、びっくりしたと言います。ついでエストニアのことを聞いたら、殆どの人が知らないと答え、さもありなんと妙に納得したということです。
次に、アルヴォ・ペルトという、この国の作曲家の「鏡の中の鏡」という曲を聴いて、その素朴さと、静けさと、不思議さに圧倒されたことがありました。皆さんも、平行に置いた鏡をのぞき込んだ時のどこまでも続く不思議な世界を思い出してください。そういう曲です。こちらで聞くことができますので、御用とお急ぎでない方は一度聞いてみてください。そういえば、N響の首席指揮者だったパーヴォ・ヤルヴィもエストニア人でした。
https://www.youtube.com/watch?v=FZe3mXlnfNc
その次には、やはり十年以上前に、梨木香歩の「エストニア紀行」という旅行記を読みました。この本には、豊かな森と平原と湖沼の国。自然と伝統を大切に守る国と書かれていました。古い煙突のてっぺんにある巣にいるコウノトリを見るためにこの国に出かけて行ったこの作家の情熱と行動力、またそれを受け入れて協力する人々の姿に感嘆しました。この人は、バルト海の海岸線に葦原や牧草地が続くのを疑問に感じ、わざわざ海水を舐めてみるのです。「塩辛くなかった、本当に!」と書いています。自分も一度はバルト海を見に行ってみたいものだと思ったものです。(残念ながら、まだ、行く機会がありません。早くいかないと。)
最近では、仲代達也の最後の舞台となった「肝っ玉おっかあと子供たち」を見ました。このドラマはバルト諸国がスウェーデンに支配されていた16世紀の話です。劇は、エストニアの隣国ラトビアのリガから始まりますが、厳しい歴史の一端が描かれています。この時代の戦争は、皇帝や諸侯が傭兵を使って戦うので、傭兵にとっては終戦イコール失業となります。彼らは一つの戦いが終わると市民や農民から略奪をしながら、また次の戦いに行くということを続けたのです。行商人の肝っ玉おっかあことアンナは三人の子供と一緒に、プロテスタントの軍隊についたり、カトリックの軍隊についたりしながら、戦争を商売にして生き抜こうとするのですが、結局一人ぼっちで残されてしまうのです。ドラマの終わりは、子供たちをなくしたアンナの悲しみと、それでも生き抜かなくてはならないアンナの逞しさ、そして何のために戦っているのかわからなくなってしまった戦争のおかしさが舞台に満ちてきます。
仲代達也が、奥さんで俳優で脚本家であった宮崎恭子の演出によるアンナを演じました。素晴らしい舞台、素晴らしい能登演劇堂でした。
エストニアのようなヨーロッパの小国には、周辺の大国に支配され続けた歴史がありますが、そこに暮らす人たちは、どんな時代にあっても、神様を信じ、生活を楽しみ、生き抜いていくという強い精神があったのだと感じました。そんな国の人々の歌でした。
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