クローバー混声合唱団のブログ

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歌大好き!打ち上げ大好き!むしろそっちかな?

             midori3midori2  midorimidori4キラキラ
 
クローバー混声合唱団は
次回演奏会に向けて新しい曲に取り組んでいます。

 

●団員を募集しております
●どなたでも大歓迎
 
ぜひ一度見学にいらしてください

       

kuro-ba-kuro-ba-kuro-ba-kuro-ba-kuro-ba- お問い合わせ mori-355@outlook.jp 

昨日(5/30)、金田先生指揮の東京海上合唱団の演奏会にクローバーから10名伺いました。

特に男声が24名と多く大迫力で、我がクローバーにとっては羨ましい限りでした。

歌声もとても素晴らしかったです。

早速感想が寄せられましたよ。

↓↓

 

音符感想①

お疲れ様でした。

トラディショナルソングで巡る世界の民謡…そして聞き慣れた曲…そして私達も一生懸命練習し歌った種子…ナドナド

思わず、口ずさんでしまいそう

!!メロディで🎶で乾杯🍻

とても良かったですね~

団員数がクローバーの3倍

迫力もあり…素晴しい演奏会でした。

💖✨

 

そして、帰りに皆さんとお食事に花が咲き、楽し時間が過ごせました

ありがとうございました☺️

♪富江

 

音符感想②

こんばんは  お疲れ様でした  

本当に素晴らし 演奏会でしたね~

同じ歌を 歌っても人数と 大勢の男性がいると こんなにも 差が出てしまうんですね

 

今の私達の人数ではあの様にはなれないかも しれませんが 金田先生のご指導を頂きながら 頑張りましよう🎶😁

♪喜代美

 

4月12日に、NHK東京児童合唱団の第17回ユースシンガーズ第12回ユースメンズクワイア演奏会に行きました。若々しく素晴らしい演奏会でした。そのなかでも「エストニア古歌Meestelaulud(Men’s Songs)」は力強く、楽しい歌で、こんな歌を伝えてきた人たちが住んでいる国はどんなところなのだろうと考えてみました。

 

エストニア、ラトビア、リトアニアをバルト三国と言いますが、国の名前もその場所もよく判らないという気がします。ノルウェー、スウェーデン、デンマークをスカンディナヴィア三国と言いますが、こちらについては何となく国の名前もその場所も分かっているような気がしていました。しかし、今回調べていると、お隣のフィンランドはスカンディナヴィアでもバルトでもないそうです。やはりよく分かりません。

 

エストニアについて、まず思いつくのは、大相撲の元大関把瑠都(カイド・ホーヴェルソン)です。198cm、189kgの恵まれた体格で平成24年1月場所に14勝1敗で優勝しています。引退後は国会議員や実業家として活躍しているそうです。 把瑠都の現役時代に来日したエストニア人が、浅草で通りがかりの日本人10人に聞いたところ、全員が大関の把瑠都を知っていると答えて、びっくりしたと言います。ついでエストニアのことを聞いたら、殆どの人が知らないと答え、さもありなんと妙に納得したということです。

 

次に、アルヴォ・ペルトという、この国の作曲家の「鏡の中の鏡」という曲を聴いて、その素朴さと、静けさと、不思議さに圧倒されたことがありました。皆さんも、平行に置いた鏡をのぞき込んだ時のどこまでも続く不思議な世界を思い出してください。そういう曲です。こちらで聞くことができますので、御用とお急ぎでない方は一度聞いてみてください。そういえば、N響の首席指揮者だったパーヴォ・ヤルヴィもエストニア人でした。

 

https://www.youtube.com/watch?v=FZe3mXlnfNc

 

 その次には、やはり十年以上前に、梨木香歩の「エストニア紀行」という旅行記を読みました。この本には、豊かな森と平原と湖沼の国。自然と伝統を大切に守る国と書かれていました。古い煙突のてっぺんにある巣にいるコウノトリを見るためにこの国に出かけて行ったこの作家の情熱と行動力、またそれを受け入れて協力する人々の姿に感嘆しました。この人は、バルト海の海岸線に葦原や牧草地が続くのを疑問に感じ、わざわざ海水を舐めてみるのです。「塩辛くなかった、本当に!」と書いています。自分も一度はバルト海を見に行ってみたいものだと思ったものです。(残念ながら、まだ、行く機会がありません。早くいかないと。)

 

最近では、仲代達也の最後の舞台となった「肝っ玉おっかあと子供たち」を見ました。このドラマはバルト諸国がスウェーデンに支配されていた16世紀の話です。劇は、エストニアの隣国ラトビアのリガから始まりますが、厳しい歴史の一端が描かれています。この時代の戦争は、皇帝や諸侯が傭兵を使って戦うので、傭兵にとっては終戦イコール失業となります。彼らは一つの戦いが終わると市民や農民から略奪をしながら、また次の戦いに行くということを続けたのです。行商人の肝っ玉おっかあことアンナは三人の子供と一緒に、プロテスタントの軍隊についたり、カトリックの軍隊についたりしながら、戦争を商売にして生き抜こうとするのですが、結局一人ぼっちで残されてしまうのです。ドラマの終わりは、子供たちをなくしたアンナの悲しみと、それでも生き抜かなくてはならないアンナの逞しさ、そして何のために戦っているのかわからなくなってしまった戦争のおかしさが舞台に満ちてきます。

仲代達也が、奥さんで俳優で脚本家であった宮崎恭子の演出によるアンナを演じました。素晴らしい舞台、素晴らしい能登演劇堂でした。

 

エストニアのようなヨーロッパの小国には、周辺の大国に支配され続けた歴史がありますが、そこに暮らす人たちは、どんな時代にあっても、神様を信じ、生活を楽しみ、生き抜いていくという強い精神があったのだと感じました。そんな国の人々の歌でした。

 

RY

先日、N児ユースシンガーズ、ユースメンズクワイア演奏会ルンルンに、TOPPANホールに5人で行ってきました。

若さ溢れる素敵な声、ホールいっぱいに響きわたる力強い歌声、感動、感動…

若ーいっていいな~ビックリマーク

 

帰りに、喉も渇き(私達歌っていないのに)(笑)目黒で5人で.余韻に浸りながら打ち上げ🍻生ビール

10年前のクローバー50周年の演奏会で安田さんが(一休さん)お坊さんにさせられ、木魚をたたき、初めての経験だぁ~ナドナド、盛り上がり、楽しいひと時でした。

 

2年後のキラキラ演奏会キラキラに向けてクローバー全員が、元気で頑張って出来たら、嬉しいですね~

体調に気をつけて頑張りましょう。

金田先生、芦沢先生、宜しくお願い致します飛び出すハート

 

hisae(⁠ʘ⁠ᴗ⁠ʘ⁠✿⁠)

イランの戦争が心配です。イランは今ではシーア派イスラム教を国教とした、黒々としたヒジャブとかチャドルとかに覆われた国ですが、17世紀のペルシャ王朝のころには、王都イスファハーンは「世界の半分」と呼ばれ、アジアとヨーロッパの各地から言語も宗教も異なる商人と商品、文化・芸術が集まり、世界の産業と文化の中心地でした。民族音楽研究者の小泉文夫氏は、「死ぬ前に聞きたい音楽を一つだけあげるならば、ペルシャの古典音楽だ。」と言っていたそうです。

イスラームの経典はコーランです。コーランには信仰の基本から日常生活の細かなルールまで網羅されていますが、音楽については何も書かれていないようです。また、豚肉を食べてはいけないことなども特に書かれてはいません。書かれていないことについてはホメイニーのような宗教指導者がその都度決めることになっています。

 

一般にイスラームでは、音楽そのものより、その目的と内容が重視されています。そのため、宗教的な儀礼のための曲や教育的な歌、戦意高揚のための軍楽などは許容されています。モーツァルトやベートーヴェンのトルコ行進曲のもとになったオスマン帝国のイェニチェリ軍楽隊も、国家の威信を示し軍隊の規律を保つという「公的な目的」があったため、大切に維持され発展してきました。「ジェッディン・デデン」という曲は日本でもドラマに使われて有名になりました。

 

イスラム諸国に旅行すると街に鳴り響く、礼拝の呼びかけ(アザーン)やクルアーンの読誦(どくしょう)は、旋律があっても「音楽」ではないと見なされます。アザーンは、純粋に「神の言葉を伝える声」だとされているからです。楽器の音色は「人の感情」を揺さぶりますが、人間の声は「人の魂」に直接訴えかけると考えられています。このため「声」の美しい響きは、ペルシャの古典音楽でも広く受け入れられていました。しかし、飲酒や不道徳な場を伴うもの、偶像崇拝につながるもの、神への義務を忘れさせるような過度な娯楽音楽は禁止されています。 

一方、異端とされているイスラム神秘主義(スーフィー)では、むしろ音楽を「神に近づくための手段」として積極的に取り入れています。トルコの「メヴレヴィー教団」の旋回舞踊では、葦笛に合わせて踊ることで、神との一体感を目指しています。

 

インドネシアは世界最大のイスラム国家ですが、ガムラン音楽という伝統芸術が有名です。インドネシアにやってきたイスラム教徒は主にインド商人で、宗教より商売に熱心であったため、伝統的な歌舞音曲とイスラム教の布教を、よりよく共存させてきたと言われています。

 

ところで、イスラム教の開祖であるムハンマドはうたを歌ったのでしょうか。過酷な労働の時などは、彼が仲間たちと共に、リズムに合わせた短い詩や掛け声を唱和して士気を高めたという記録があります。イスラム版「ヨイトマケの歌」でしょうか。

 

音楽を宗教儀礼に積極的に取り入れたキリスト教は、どうだったのでしょうか。イエス・キリストが歌ったという記録は、新約聖書の中の「最後の晩餐」にあります。イエスは弟子達と共に賛美の歌を歌ってから、オリーブ山へ出かけて行ったとされています。歌ったのは旧約聖書の詩篇の「ハレル・ハレル」と呼ばれる賛美詩であったと考えられています。

 

仏陀(釈迦)が歌を歌ったという記録は、経典の中にはないそうです。しかし、とても良い声でお説教をしたので、動物たちまで聞き惚れたという伝説もあり、それが現在でも声明となって伝わっているのかもしれません。

 

RY

としま区民センターでセンテニアルオペラの「トゥーランドット」をみてきました。素晴らしい舞台でした。

プッチーニはイタリア・オペラの代表的な作曲家です。舞台を世界の各地に取り、

このトゥーランドットは中国、蝶々夫人は日本、西部の娘はアメリカがそれぞれ舞台になっています。

題名になっているトゥーランドットは中国の王女なのですが、とても中国の名前のようには思えません。今回のプログラムには、ペルシャ語の「トゥーラーン」に由来するとし、トゥーラーンは中央アジアの地名とされています。つまりペルシャの姫君ということになってしまいます。相手役の王子カラフはタタール人なのですが、国王である父親の名前はティムールです。歴史上のティムール帝国の王はジンギスカンの子孫と称していたので、モンゴル人であろうかと思いますが、ヨーロッパ人にとっては、ペルシャもタタールもモンゴルも中国も、もうどこでもよいのかと思われます。

 

プログラムには漢字で杜蘭朶と書かれています。「杜蘭」とはなんでしょうか。杜蘭はデンドロビウム、朶は花とか輪のことだそうです。デンドロビウムというのは、ラン科セッコク属に分類される植物の総称で、洋ランと言われている花を指すそうです。世界の四大洋ランの一つです。花言葉は「わがままな美人」「天性の華を持つ」です。セッコク(石斛)は生薬にもなるそうで、消炎、強壮、美声薬の薬効があるようです。

カラフという王子は、ややこしいクイズを出す「わがままな美人」で謎解き姫のトゥーランドットに夢中になるのですが、きっとクイズマニアなのでしょう。この「謎解き姫」のタイプのお話は世界中にあるそうですが、なぜか求婚者が勝つことが多いようです。伝統的な昔話では、「かしこ過ぎる女」が、より賢い男によって支配されることによって、社会秩序が守られるという側面があったようです。その意味では、日本の「竹取物語」のように、謎を出す姫がすべて勝つというパターンは大変珍しいそうです。

このオペラでは、女奴隷のリューが、主役のトゥーランドットより印象の強い歌を歌いますが、主人であるティムールやカラフは、「泣くなリューよ」などと自分勝手なことばかり言っていて、最後までリューを奴隷の身分から解放して自由にしてあげないのも気の毒な話です。歴史の上では、タタール人女性が奴隷身分から解放されて権力を握り、女王になった事例もあります。まあ、それでは悲劇にはならないのですが。

 

祝典の音楽は盛大に鳴り響きますので、芦沢先生は大熱演です。一人オーケストラですので大変です。でもしかし、カラフの叩く銅鑼の音は、本物を打ち鳴らしてほしかったなあと思います。

このオペラの見どころ聴きどころは、何といっても「茉莉花(ジャスミンの花)」などの中国の民謡によるメロディーがいろいろ聴こえることです。もちろん、カラフの「誰も寝てはならぬ」や、リューの「氷のような姫君の心も」は素晴らしいものです。そして、道化役に見える三人の大臣、ピン(平)、パン(龐)、ポン(彭)の掛け合いも、とても素晴らしいものです。今年は指折り数えてこれがもう13人目だ、我らは首切り役人になり下がってしまったと嘆き、竹林に囲まれた故郷に帰りたいと歌います。なかなか身につまされるものがあります。ここでもまた、リズムもメロディーも中国民謡のように聞こえてきます。

 

ところで、「ママと遊ぼう、ピンポンパン」というTVの番組がありましたが、これはこの三人の大臣の名前からとったそうです。命名者は「どうにもとまらない」や「サウスポー」「津軽海峡冬景色」を作詞した阿久悠だそうです。

 

RY