不登校になって何週間か経ったある日の夕方。
突然母親が私の部屋の扉を開けて覗いた。
開けることなんて、ご飯のときの声掛けくらいで普段はめったに扉を開けないのに。
しかもなんかすっきりしたような、穏やかな顔でこっちを見ている…
その頃の私は家族の顔を真っ正面から見ることはなく、まともな会話をすることもなかったから母親に恐怖を感じた。
何を言い出すんだろうと緊張で固まってしまう。
すると母親が口を開いた。
何を急に言い出すのかと耳を傾けると
「あんたが学校に行かないって言うのをずっと受け止められなくて、こんなふうになってしまった娘を見てると自分の育て方がわるかったんじゃないかと自分を責めることもあった。
実際にばあば(ママの母親)からもそう言われた。
でも不登校になったのは誰が悪い訳でもなく、ただ学校に行かないって選択をしただけ。それもマナの個性なんだよね。
すぐには全て受け止められるようにはならないかもしれないけどママも受け止められるようになるからって。」
びっくりした。
今まで否定ばかりしていた母親からこんな言葉が出てくるなんて。
そして優しい表情のママを久しぶりに見た。
嬉しかった、母親に受け入れてもらえて、こんな私を理解しようとしてくれて。
ここからかなママとの距離が縮まったのは。
今まで本音で語ることはあまりなくて、もちろん喧嘩なんてしたこともなかった。
ママから見たらきっと14歳までの私は素直でいい子だったはず。
「実はね、今日中学校でやってるカウンセリングに行ってきた。週一でカウンセラーの先生が来るみたいだから来週は一緒に受けてみない?」
と誘われた。
「マナはまだ14歳。でもママもマナのママになって14年。まだわからないことだらけ一緒に成長しないとね。」
もう13年前のことだから、所々記憶があいまいになっている部分もあるんだけど、この言葉はしっかりと記憶に残っている。
きっと認めてもらえて、一緒に歩もうとしてくれる母親を見て嬉しかったんだ。
私は次の週から母親とカウンセリングに行くことに決めた。
この日から、日に日に母親との会話も増えた。
まだ父親と妹との距離は縮まらないけど少し心が楽になった。
ある日、私は夜ご飯でリビングにみんなが集まるとき、急に何かがこわくなり泣き出してしまった。当然ご飯は喉も通らない。
自分でも何が怖くて、何が悲しくて泣いているのか訳がわからない。
そんなことが増えていった。
どうしてもリビングに行けない日は母親がご飯を部屋に持ってきてくれた。
そして調子の良い日にはリビングに出た。
それでも真ん中のおかずには怖くて手を伸ばせない。もくもくと白米と味噌汁目の前の物を食べることしかできなかった。
みんな私がおかずに手を伸ばさないことに気付いているから最後に私の分だけ残したおかずの皿を私の目の前に置いてくれる。
みんなが席を離れてから食べはじめる。
母親に実はこわくて真ん中に手が伸ばせないと伝えると次の日から取り分けておいてくれるようになった。
つづく…
久しぶりの更新になってしまいました。
何年も前のことを思い返し記事を書いているので所々記憶があいまいな所があります。
あった出来事が前後してしまったり表現が違ったりする所もあるかもしれませんが、ご理解した上で読んでいただけたら幸いです。
こうして昔のことを思い返していると記事を書きながら涙ぐんでしまう。
この時はただ自分が生きていくのが精一杯で周りなんか見えてなかったけど、私は沢山の人に支えられてたんだなと思います。
どれだけ自分は自立して一人で生きていると言い張っていても、そんな人間は一人もいない。
みんな必ず誰かに助けられて生きてます。
すごく当たり前のことを言ってますね😅笑
私も誰かの力になれているのかな?なっていたいですね!
現在の私の様子が知りたい方はInstagramをチェックしてみて下さい!
STAYHOMEも3週間が経ちました。
家で過ごせる私達は幸せものです。
中には働きに出なきゃ行けない方も沢山いる。
私の周りにも沢山います。
毎日怖い思いをして外に出て働いてくれている人達がいるからこそ私達は生活できています。
感謝しないといけないし、頑張っている方たちのために今私達ができることは家にいること。
頑張って乗り越えましょう!
1日でも早く幸せな日常が戻りますように!
私のブログやインスタも誰かの「おうち時間」の暇つぶしになっていてくれたら嬉しいです。
こんな時だけれど、今日もこうして生きていることに感謝し笑顔で過ごしましょう☺︎
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