児童の送迎で保護者の方とお会いする。多くの場合がお母様で、ありがたいことにお家での様子や気になっていることを聞かせてくださることもしばしば。

障害そのものや病気については病院で相談は受けているだろうし、通学していれば学校の先生と発達段階に関する話はすることも多いだろう。

私が保護者の方とお話をして感じるのは、日常の中での悩みについてはあまり具体的に相談出来る機会がないのかな、ということ。

家族全体・兄弟との関わりやバランスについて、保護者の方自身の悩みや希望とのバランス…。

悩みがないという意味ではなく折り合いをつけて消化していらっしゃるように見える方がいる一方、ご家族の中だけで考えてしまっているのか、責任者でもなく一スタッフに過ぎないこの私に
「どう思われますか?」
と深刻な表情で尋ねる方もいらっしゃる。

そんな時、いつも思う。

私は学者でも医者でも教育者でもないので確かなことを言えないが、個人の意見を根拠なく無責任に述べるべきでもない。どういったところ(あるいは人)に相談したらいいかくらい知っておきたい。

実際、皆さんどうしてらっしゃるのか。保護者同士の交流の中で話せるのか、リアル/インターネット上でサークルの様な集まりに参加して意見を交換しているのか、それとも病院やお役所でそういった相談が出来る場所を紹介出来ているのか…。

支援とは、一体何だろう。


この仕事を始めて1年9ヶ月、保護者や当事者の兄弟のケアについて考えている。
あー…やってもうたかもしれない。

私は専門家ではない。だから、
「どう思いますか」
と意見を尋ねられても、エビデンスなき回答はしてはいけなかったんじゃないか。

勿論、言い方には気を付け
「私個人の考えですが、こういう可能性は考えられませんか」
と答えるようにしているけど、ここで個人の考えは必要ないと考えれば答えること自体が妥当ではない。


ここで会話の内容を具体的に書くわけにはいかないけど、仕事先に来ている児童のお母様が少々悩んでいらして、
「この先、(このことに関して)この子に望みはあるのでしょうか。どう思われますか?」
と聞かれてのこと。

私は、子供の「これから」には何より可能性がないと決め付けることはあり得ないと思っている。

知的障害を持っている子がある日突然健常の子と同じように何もかもが発達しているなんてことは不可能に近いけど、それだって「絶対ない」と言い切れないと思ってる。

今までずっと出来なかったからこの先も絶対出来ないなんて、誰が言い切れるんだろう。でも、出来ないかもしれない。それも分かっているから、「出来る」という前提で話をしてはいけない。何故なら、根拠がないから。

私は
「今、私個人としては可能性がゼロだとは思いませんし、私どもが出来る働きかけはしたいです。お話を聞かせてくださってありがとうございます。」
と言ったけど、これはとりようによっては「私達も働きかけるので出来ますよ」ということにならないだろうか。

日本語って難しい。

好意的なつもりでも、やってはいけないこと言ってはいけないこともある。