あー…やってもうたかもしれない。

私は専門家ではない。だから、
「どう思いますか」
と意見を尋ねられても、エビデンスなき回答はしてはいけなかったんじゃないか。

勿論、言い方には気を付け
「私個人の考えですが、こういう可能性は考えられませんか」
と答えるようにしているけど、ここで個人の考えは必要ないと考えれば答えること自体が妥当ではない。


ここで会話の内容を具体的に書くわけにはいかないけど、仕事先に来ている児童のお母様が少々悩んでいらして、
「この先、(このことに関して)この子に望みはあるのでしょうか。どう思われますか?」
と聞かれてのこと。

私は、子供の「これから」には何より可能性がないと決め付けることはあり得ないと思っている。

知的障害を持っている子がある日突然健常の子と同じように何もかもが発達しているなんてことは不可能に近いけど、それだって「絶対ない」と言い切れないと思ってる。

今までずっと出来なかったからこの先も絶対出来ないなんて、誰が言い切れるんだろう。でも、出来ないかもしれない。それも分かっているから、「出来る」という前提で話をしてはいけない。何故なら、根拠がないから。

私は
「今、私個人としては可能性がゼロだとは思いませんし、私どもが出来る働きかけはしたいです。お話を聞かせてくださってありがとうございます。」
と言ったけど、これはとりようによっては「私達も働きかけるので出来ますよ」ということにならないだろうか。

日本語って難しい。

好意的なつもりでも、やってはいけないこと言ってはいけないこともある。