去年の今、こんな感じでした。
今思うと、もっと満喫してもよかったなと思うけど。
息をするくらいしか出来ることはありません
私に何をしろというのですか
という状態が今年の5月まで1年弱ほど続きました。そして先の5月に岡山から戻ってから変わらずの生活を送っていました。
股関節が痛すぎて歩けず出不精になったのもあるけれど、無氣力なのか、どっちなのか分からず、そこで疲れて動けなくなっちゃたの。
そしたら、もう…
怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰!!!!!!
消え入るくらいのくたばり具合
モースト怠惰オブマイライフ
生きる屍の如く生きていました…
正直、海底2万マイルなのか、怠惰なのかわからなかったんですよ。で、途中から『あれ??なんかおかしいぞ???』と氣付くも、切り替えるにはひとり時間をかなり要さないと難しく。氣付いてから2〜3週間は生きる屍でした。
動きたいのに動けない
これには、
・本当に休息が必要で動けない
・怠惰にしていたら動けなくなった
とあるんだと身をもって知りました。そもそも私は動いていないと死んでしまうのです。
やりたいことをやって動いている→キラキラに生きている
やりたいことではないけど動いている→かろうじて生きているか半死
動かない(怠惰)→死に等しい
動けない(無氣力)→本当の休息
今回は太字のところにいたので、生きる屍の如く生きていた状態だったということです。
私は動いていないと本当に死ぬんだなって、余白8割ないと死ぬんだなって、生きる屍ってこういうことなんだなって。
どんなに楽しくても好きな人たちといても、余白があって好きなことが起爆剤となって動いていないとダメなんだなぁって。
To be most 怠惰 = 生きる屍の如く生きるという生き地獄を味わう
二度とごめんです。
本日、休館日
自分本来の姿勢であれば勝手に加速する
それに任せてしまえばいい
「筋肉が本来の動きをする」が加わったら
もっと楽に泳げる
それで良いのか
自力を知るから他力ができて
他力だからこそ自力を活かせるということね
4日目
昨日は泳がず
今日もドルフィンキック
備忘録
・過去の良かった泳ぎを追い求めるって、幻影を追い求めているのと同じだな
・加速する姿勢が取れていて回旋運動ができたら自然にs字ラインやハイエルボーなどの軌道を描く泳ぎになる
・↑にあたり、どれだけ意思をなくし身体の反応で泳ぐか、筋肉の動きはどうなっているか大事
・↑の感じでクロールを泳いでいたら疲れ知らず、とは言わないが勝手に加速するのでスピードが上がる
・その後、DKをしたら背中中上部の筋肉が緩んでいた、変なこだわりはさようならしよう
・腕の筋肉が衰えすぎて回転についていけない、悔しい
・泳いでいたら泳ぐに必要な筋肉がつく、という当たり前のことなんだけど、泳ぐのに欲しい筋肉がついてバランスの良い身体にする、という目的ができた
無視はいけない、虫がわく






