その日は不妊治療の採卵のため、トリガーと呼ばれる薬を使う日だった。その一連の流れは、時間厳守な上、なかなか忙しい。
「ブセレリン→30分後オビドレル→30分後ブセリレン」
時刻は夕飯後で、椅子に座っているとお腹が満たされているため眠くなってしまいそう。また、子供の勉強を見るとか、調べ物をするとか、シングルタスクでやるべきこととの同時並行は相性が悪い。キッチンで適当に用事をしながらこなすことにした。
「そうだ、なんかプルコギが食べたい!」(※夕飯後です)
一回目のブセレリンまで数分あるので、まずはタマネギをきざむ。タマネギが目に染みて涙が出る。普段、私はタマネギが目に染みることは全く気に留めず、「目が涙で洗い流されてちょうどいいじゃん」くらいに思っているが、アラームが鳴り、点鼻薬をさそうとして焦る。タマネギによる涙はそのまま鼻に流れるため、鼻水が止まらない。今日に限っては、気にするべきだった。目薬でタマネギ成分を流し、何度も鼻を噛み、5分後にようやく鼻水が止まった。3分遅れたが点鼻薬をさすことができた。
今度から、点鼻薬直前にタマネギを刻むのはやめよう。
料理を再開。思い立ったのは数分前なので、牛肉の薄切りは無い。焼いて冷凍しておいたステーキ肉を薄く刻んで使おう。タマネギとにんじんはあるがニラともやしがない。もやしのシャキシャキ感は小松菜にて代用。
肉は調味料に漬けてしばらく置いておく。(本当は生肉を漬けるべきなのだが、まぁ、この辺は適当だ)
野菜を刻む。なんか曲でもかけよう。景気付けにMrs.GREEN APPLE の「私は最強」を。
歌詞の中で叫ばれる「私の夢はみんなの願い」。
この歌詞はいつも妙に引っかかる。本当にそうか。第二子なんて、息子にとったら迷惑なことかもしれない。
息子はここまで「一人っ子長男」として生きてきた。きょうだいはいない為、「安全基地(家庭)内」で競争原理にさらされることはない。それ故か、きょうだいのいる子供に比べるとなんだか泰然としている。自分の本当に好きなもの、必要なものをよく知っている。一方で、妹の子供など、他の家庭の子供を見ると、兄弟間の競り合いの中で、「きょうだいが持っているものは僕も欲しい!」という気持ちにかき乱されて、結局何が欲しいのかわからなくなっているような姿をよく目撃する。
息子を見て「一人っ子だなぁ。」と思ったエピソードはいくつかある。インターのプリスクールの誕生日会で(誕生日会は誕生日の子供の親が準備する)、その年はちょっとした盛り上げのためにピニャータを準備した。天井からぶら下がる大きな物体を子供達が叩くと破れて、中からおやつやおもちゃが落ちてくる、いかにも、なやつだ。150個ほどのカプセルが転がり落ちてきた。息子は、一つ拾っては中身を見て戻し、自分の欲しいおもちゃが入っているカプセルをやっと一つ見つけると、嬉しそうに高く掲げ、「ママ、これ!」と見せにきた。嬉しそうにカプセルを開ける息子の頭を撫でながら「よく見つけたね!」と声をかけた。
他の子供達は、カプセルの中身など一切確認せず、床一面に散らばるカプセルを、無我夢中でかき集めている。女の子は全員、スカートをブルドーザーにしてパンツが丸見えだ。大量にカプセルを収穫した子供の親が、「〇〇くんの誕生日なのに、なんか、ごめんね!」と気まずそうに謝ってくるw。「なんで謝るの?みんな楽しんでてそれでいいじゃん?」と返す。
息子は流行に乗ることもない。みんなが持っているから欲しい、という気持ちにはならないようだ。「一人っ子長男」の未婚率がぶっちぎりで高い理由がなんとなくわかる。「みんながするからしたい。」とは多分思わない。
結論、このプルコギのタレに浸かる牛肉のように、両親の愛を独占し、愛にたぷたぷに浸って育った息子を、私は愛している。
そんなことを考えていると、「第二子が産まれる」のをAプランだとするなら、「息子がずっと一人っ子でいる」のはBプラン、くらいの気持ちでいいような気がする。
オビドレルのアラームが鳴る。箱を開けながら、「Merck」の文字を見て、夫のコンサル時代の同期がMSD日本法人の副社長に就任したのを思い出した。時々家族ぐるみで遊んでもらったため、息子が彼をとても気に入り、大変憧れているのだが、改めて、影響力のある仕事をしているな、と思う。オビドレル、私の不妊治療にはとても必要。海外で仕事をするための英語力とはどのようなものか、昔、彼の別荘で彼に尋ねたところ、「『あなたの意見を言ってごらん?』というような、相手が自ら耳を傾けてくれるような場面ではなく、相手が一切こちら側の意見を聞く気がないときに、それでも発言して自分の意見を聞かせるだけの英語力が必要。」と答えてくれた。その言葉を頭の片隅に置いて子育てをしている。息子が、世界中の組織を渡り歩き、多くの選択肢の中から自分に合う仲間や組織を見つけ、楽しく働けるよう、もっと精進したい。
歌の「私は最強ー!」に合わせて、オビドレルの針をブスッと腹に刺す。ちょっとヤバい人みたいだ。
2度目のブセレリンの前にプルコギは完成。
参考レシピはこちら。身体が辛味を欲していたので、少し豆板醤も加えている。
その後、2度目のブセレリンの時間になり、今度は落ち着いてさせました。

