我が夫は私より一足早く、不妊治療を卒業した。採卵フェーズが終わったので、彼の出番はもうない。何やら清々しい顔で、「俺の出番はもうないよね!」とおっしゃっていた。もともと、ほぼ採卵日だけの参加であったが、採卵日に出すべきものを出さなきゃいけないのは、それなりにプレッシャーであったらしい。
採卵中のご夫婦の皆様に、一つだけアドバイスにもならない笑い話を残しておきたい。
我々は前のクリニックから合わせると9回ほど採卵をし、その前には人工授精もしている。
その度に夫の採精が必要だったわけだが、このクリニックで7回目くらいの採卵の時、私の持って帰った精液所見を見て、夫が「うん、量はあるね!」とコメントし、どこか満足げな顔をした。これはかなりおかしなことだ。何故なら、むしろ夫は精液の量を指摘されたことはなく、問題なのは、空砲精子が多く、質が悪いことだからだ。「ん?君が意識すべきは質だよ。」と申し上げると、「でも、これだけ量があれば質がダメでもその中にマシなのがあるでしょ?」と。
もちろん、なんの制限もなければ、理論上はそうだ。濃度かける量が精子総数だから、量が質をカバーすると言える。
ただ、Zy-motで処理できるのは0.8mLまでだ。また、時間の制限のある中で、培養士さんは、受精用精子を決めるまでに顕微鏡で無限の視野数を見れるわけではない。
「Zy-motは0.8mLまでしか処理できないよ。溜めないでって、言ったでしょ。」
と言うと、
「早く言ってよ!溜めないでっていうのと、0.8mLが処理上限っていうのは意味が違う!!」
とえらく憤慨していた。
私の直感だが、これらの反応を見るに、彼はおそらく、このクリニックに来てからも、仕事で多忙を極めて精液の質に自信がない時ほど、量を質で補うつもりで少し溜めていたようだ。
思い出すのは、不妊治療を始めたばかりの頃、人工受精のために採精をした後のことだ。「出た感じはしたんだけど、あんまり出てなかった。。。」と、夫がえらく肩を落としていた。クリニックに提出すると、量に問題はなかった。全く標準的な量が出ていたわけだが、夫は「少ない。。。」と思ったようだ。おそらく彼は、不妊治療をするまで自分の精液をカップに入れてまじまじと目視することがなかった上に、カップに入っている精液はぺちょっとカップの壁に張り付いていて、おまけに何箇所かに散ったりもしているので、ゴムの中で重力で一箇所に溜まって見える時より少なく見える。それに加えてAVの影響でもっと沢山出るイメージが脳にこびりついており、それと比べて「少ない」と感じたのであろう。AVなんてファンタジーに過ぎないわけで、ぶち撒かれる精液は汁男優たちのもので、演出としてあの量を使っているのである。(誤解を解くために言うと、AVに詳しいと、AV研究か何かをしているのかと思われそうだが、好奇心から友達と一緒にがっつりAV鑑賞したのは20年ほど前だ。それ以降ちゃんと観たことはない。ただ、しみけんのYouTubeは面白くて歯磨きしながらたまに観ているから、AVの舞台裏に詳しくなってしまっただけだ。あぁ、、、釈明すればするほど嘘くさいw。)兎にも角にも、自分の精液の量を初めて目視し、少なからずショックを受けた夫は、採精において量にも重点を置きたくなった。妻はなんとなく気配を察知し「溜めるな、溜めるな。」というので毎回ではないが、数回に一回くらい、「少し溜めて量を出してみよう。」という心持ちになる時があったようで、質に自信が持てない時ほど少し溜めた上で、採卵日には3mL程度の量を出し、一人で満足していた、というわけだ。
質のためには溜めずに鮮度良く保つことが大切なのに。
あぁ、男とは、失礼、我が夫は、なんとおバカなことよ。
このようなこだわりを発揮するのは我が夫だけかもしれないが、もしかしたら世界中に1人くらいは同じような方がいるかもしれないので、標語を残しておきたい。
「夫には 真っ先に伝えよう Zy-mot処理上限
量で質のカバーは できないよ 」
おまけ
中1の息子が爪を切らず、「不潔だから切りなさい。」と再三言っても全く聞く耳を持たなかった。
そこで、生成AIに「爪を伸ばした時と短い時の、手指や手のひらの細菌数を定量比較した論文をください。」とお願いし、出てきた論文を息子の前に黙って表示しておいた。すると、息子は何も言わず、スッと席を立ち、爪を自ら切り始めた。
うちの男どもには主張の根拠を数字で伝えるべきだ。