シュタイナーがひとびとに伝えたものは「人智学(アントロポゾフィー)」ですが、彼が霊学者として世に出てきた当初は「神智学(テオゾフィー)」に属していました。

 

 

神智学は、こんにちのように誰にでも開放されている講演や書物によって教えられてきたのではありません。

かつて神智学は、ちいさな内輪のサークルの中でだけ教えられるものと見られていました。



知識は「秘儀参入者」と呼ばれる、特別な修行を経て、特別な能力を身に着けたひとたちのグループや、「秘密結社」から外に出ることはありませんでした。

彼らの知識と行為についても、彼らの活動している場所についても、多くは知られていません。

真に偉大な人物、秘儀参入者は表に出ることはなく、一般のひとびとは、この知識の果実のみを与えられるだけでした。




当時は、ごく少数の「準備のできた者」だけに、これらの秘密が伝授される必要があったのです。

では、いったいなんのために、そのような秘密保持が必要だったのでしょう。


この秘密の知識とは、単なる好奇心や知識欲を満足させるものではありませんでした。

この知識は、行動に移されるべきもの、国家、社会的な組織に働きかけるべきものであって、世界を実践的に築き上げるべきものであったのです。




人類の進化の偉大な歩みはすべて、「隠れたもの」からの衝動に由来します。

神智学の教えに関与する者はすべて、厳しい試練を課せられ、知識を与えるにふさわしいものかどうかを試されました。

そのあとで、段階を追って、じょじょに秘儀に参入していったのです。




最近になってから、この以前の方法はなくなりました。

いまや、基本的な教理が、おおやけに教えられています。

昔ながらのやりかたが拒否されるようになったために、公開することが必要になったのです。

 



宗教も、このような昔ながらのやりかたに属していました。

あらゆる宗教の中に、この叡智が含まれていたのです。
 

 



かつては秘教と呼ばれるものは、口頭でひとからひとに伝えられていました。

 

その知識を得るのにきちんと準備が整った人にだけ、その秘密は明かされていたのです。

未熟なもの、ふさわしくないものが、その教えを耳にすることはありませんでした。

 

 


現在のように、以前は秘密にされていた知識が、いっぱんに公開されるようになった大きな原因は「印刷術の発明」です。

 

※以上、↓から抜粋しました。

 

 

 

 


選ばれた人間にだけ口伝でのみ伝えられていた知識が、誰でも望みさえすれば個配される時代に私達は生きています。


人間の意識も、少しずつ進化していきます。

2000年前、1000年前はなおさら、たとえ500年前であっても、人間の意識は現在とはまったく異なっていました。


以前も今も同じ人間が同じ状態だったと捉えてしまうと、事実を見誤ってしまいます。

人間の自我・個我は、少しずつ現れてきたのです。




以前は秘されていた「見えない世界」の知識を、「ふたたび」受け入れられるくらいのレベルに、現在の人間の自我は達しつつあります。


シュタイナーの言葉も、算命学の教えも、「今のわたしたち」だからこそ、与えられ、受け入れることができ、それについて考えるべき時期になってきたのだと思われます。