軍靴のバルツァー 21巻
まあ、こんな物言いが許されるのは、
バルツァーのようなイケメンかつ有能な兄ちゃんだけだよね(笑)。
それに対して、彼女なりの皮肉をもって、少し毒づいてみたヘルムートですが、
まあ、貴族のお姫様(相続の問題から、男としても育てられたけど)がね、イケメンで、飄々と軽口叩いて、でも実力が伴ってる兄ちゃんと接すればね。惹かれるのも無理はないかもしれません。
ってか、オレも「キャラの造形」として、20代以上の「大人ヒーロー」は、バルツァーのようなタイプが好きですね。
ともかく、この「軍靴のバルツァー」という作品は、「架空の19世紀ヨーロッパ(ドイツやその周辺)」ともいえる世界を舞台にした戦記物なんですが、たまに描写される「ヘルムートのほのかな想い」も、いいですよね。
峠鬼 9巻
30年後の倭(やまと)に辿り着いた小角(おづの)、足女(たるめ)、善(ぜん)、妙(みよ)。そこには夫婦(めおと)となり、宿を営む善と妙の姿が。
大人になった善と妙は、前鬼(ぜんき)、後鬼(ごき)と名乗っています。
で、後鬼に対し、「善のこと、いまでも好きですか?」と尋ねる妙。後鬼の答えは「大好きも大嫌いも、幾度となく味わって、いよいよとことん飽きが来た――」
「お互い、そう思ってからが、夫婦(めおと)というものの本番ですよ」
といったものでした。
それにあてられたのか、妙が少しだけ「結婚」といったものを意識します。
で、善に対し――
まあ、このときは阿礼(あれ。古事記の作者のひとりである稗田阿礼だと思います)に、「求婚というものは、必ず殿方からなさらねば、ならないのですわ!」と止められますが(笑)。
ただ、そのあとの妙がかわいかったですね(笑)。
このあとの妙もね、
妙(『わかった』だって)
なんて、頭の中で二度も続けながら、赤面しつつ、横に転げてね(笑)。
まあ、この9巻の善、たしかにカッコいいもんなぁ。
師である小角を庇い、
「チッ・・・神后(しんこう)陛下だか、おしんこ陛下だか知らねぇが、やっぱりとんだクソ野郎じゃねぇか」
「――それでも師匠なんかいなくていいっていうなら、おまえらと話すことはひとつもねぇ」
「かかってこいよ、兵隊でもなんでも連れて。 朝敵? 上等だね。おまえらを追っ払って、不来巳(こずみ)だって、オレらで勝手にケリつけてやるさ」
子供だてらに、これだけの物言いができるわけですからね。そりゃ、妙が惚れるわ(笑)。
そういえば、師である小角が「優男に見せておいて、じつは感情、心が欠如、欠落している」というタイプで、弟子の善は口が悪く、小角や妙以外にはあまり懐かないタイプのキャラなんで、その対比がおもしろいですよね。
「小角は青年誌、善は少年誌の主人公にいそうなタイプ」といったキャラ分けは、作者さんとしては多分、意図して描いてるんだろうね。
戦闘時も、「呪術を駆使する小角に対し、斧を武器に肉弾戦を担当する善」って感じだし。
まあ、10代の少年ヒーローは、やっぱ善のようなキャラが好きですね、個人的には。
そうそう、小角についてもね、足女に惚れられており、(おそらくは)ふたりはやがて結ばれて、子供を儲けることになるんですが・・・小角が前述のとおり、「人当たりはいいけど、適当に取り繕っているようにも見える」「冷たくあしらっているわけではないが、どこか心ここにあらず」というタイプの兄ちゃんなんで、足女さんは苦労することになりそうですね、妙とは異なり(妙と善は、なんだかんだでラブラブなんで/笑)。
まあ、こんな物言いが許されるのは、
バルツァーのようなイケメンかつ有能な兄ちゃんだけだよね(笑)。
それに対して、彼女なりの皮肉をもって、少し毒づいてみたヘルムートですが、
まあ、貴族のお姫様(相続の問題から、男としても育てられたけど)がね、イケメンで、飄々と軽口叩いて、でも実力が伴ってる兄ちゃんと接すればね。惹かれるのも無理はないかもしれません。
ってか、オレも「キャラの造形」として、20代以上の「大人ヒーロー」は、バルツァーのようなタイプが好きですね。
ともかく、この「軍靴のバルツァー」という作品は、「架空の19世紀ヨーロッパ(ドイツやその周辺)」ともいえる世界を舞台にした戦記物なんですが、たまに描写される「ヘルムートのほのかな想い」も、いいですよね。
峠鬼 9巻
30年後の倭(やまと)に辿り着いた小角(おづの)、足女(たるめ)、善(ぜん)、妙(みよ)。そこには夫婦(めおと)となり、宿を営む善と妙の姿が。
大人になった善と妙は、前鬼(ぜんき)、後鬼(ごき)と名乗っています。
で、後鬼に対し、「善のこと、いまでも好きですか?」と尋ねる妙。後鬼の答えは「大好きも大嫌いも、幾度となく味わって、いよいよとことん飽きが来た――」
「お互い、そう思ってからが、夫婦(めおと)というものの本番ですよ」
といったものでした。
それにあてられたのか、妙が少しだけ「結婚」といったものを意識します。
で、善に対し――
まあ、このときは阿礼(あれ。古事記の作者のひとりである稗田阿礼だと思います)に、「求婚というものは、必ず殿方からなさらねば、ならないのですわ!」と止められますが(笑)。
ただ、そのあとの妙がかわいかったですね(笑)。
このあとの妙もね、
妙(『わかった』だって)
なんて、頭の中で二度も続けながら、赤面しつつ、横に転げてね(笑)。
まあ、この9巻の善、たしかにカッコいいもんなぁ。
師である小角を庇い、
「チッ・・・神后(しんこう)陛下だか、おしんこ陛下だか知らねぇが、やっぱりとんだクソ野郎じゃねぇか」
「――それでも師匠なんかいなくていいっていうなら、おまえらと話すことはひとつもねぇ」
「かかってこいよ、兵隊でもなんでも連れて。 朝敵? 上等だね。おまえらを追っ払って、不来巳(こずみ)だって、オレらで勝手にケリつけてやるさ」
子供だてらに、これだけの物言いができるわけですからね。そりゃ、妙が惚れるわ(笑)。
そういえば、師である小角が「優男に見せておいて、じつは感情、心が欠如、欠落している」というタイプで、弟子の善は口が悪く、小角や妙以外にはあまり懐かないタイプのキャラなんで、その対比がおもしろいですよね。
「小角は青年誌、善は少年誌の主人公にいそうなタイプ」といったキャラ分けは、作者さんとしては多分、意図して描いてるんだろうね。
戦闘時も、「呪術を駆使する小角に対し、斧を武器に肉弾戦を担当する善」って感じだし。
まあ、10代の少年ヒーローは、やっぱ善のようなキャラが好きですね、個人的には。
そうそう、小角についてもね、足女に惚れられており、(おそらくは)ふたりはやがて結ばれて、子供を儲けることになるんですが・・・小角が前述のとおり、「人当たりはいいけど、適当に取り繕っているようにも見える」「冷たくあしらっているわけではないが、どこか心ここにあらず」というタイプの兄ちゃんなんで、足女さんは苦労することになりそうですね、妙とは異なり(妙と善は、なんだかんだでラブラブなんで/笑)。




