幸 | 書道家 北村雲星の小ネタ集

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書道をもっと気楽に身近に!

私は今、収入が少し少ない事と恋人がいない事を除けば大凡パーフェクトと言っても過言でなく、とても恵まれていて幸せな状況にあると思います。


毎日、とても楽しく仕事をして、心穏やかに暮らせていて、色々な事をとてもありがたく感じております。


ああ……、幸せ……。(人´∀`).☆.。.:*・゚


……だが、しかしっ! (Φ皿Φ)クワッ!!


他人から、

「幸せそうだねー」

と言われると、何故かとてもビミョーな気持ちになります……。( ̄_ ̄lll)


なんだかとっても、

「そんな事ないッスよっ! 色々大変ッスよっ!!」

と言い訳したくなるような、

「今まで色々と苦労してきたデス……。大変だったのデス……」

と不幸自慢をしたくなるような、

「こう見えても努力しているっ!!」

とあたかも懸命に活動しているようにアピールしたくなるような、そんな微妙な感じです。



……なんでそんな気分になるのでしょうか?


自分自身の感情に疑問を抱いたので、ちと分析してみる事にしました。


するとなんとなく……恐らく幼少から刷り込まれた価値観に起因する、様な気がしてきました。



私だけでなく、日本人のほとんどの方が、

苦難の先に幸せがある

と考えているのではないか、と思います。


辛い事、嫌な事、苦しい事を我慢して我慢して我慢して、努力して努力して努力して乗り越えた先に、やっと幸せを手に入れる事が出来る、みたいな。


……まあ、確かにその方法で手に入る幸せもあるとは思いますが、大半の人は途中で力尽きますよね。


私も今までずっと、その考え方を持っていました。


幸福は苦難を乗り越えた先に存在する、と。


……で過去に、我慢して努力して我慢して努力して、力尽きて鬱っぽくなったんですけどね。


師匠に出逢って、かなり考え方が変わってきました。


曰く

『幸せは遠くに探しに行くものではなく、近くに感じるものだ』

と。


苦労を重ねた先に幸せが待っているのではなく、ありふれた日常の中で、身近な物に感謝していれば、自ずと幸せが訪れる、という事です。


例えば、

『お金持ちになれば幸せになれる』

とか

『結婚すれば幸せになれる』

とか考える人は、苦難の末お金持ちになったとしても、結婚できたとしても、その後で新たな不満を自ずから抱え、また苦労する事になるらしいです。


今ある現状の物で幸せを感じる事が出来れば、この先もずっと幸せでいられる、という理屈です。




話しを戻します。


何故、他人から『幸せそうだねー』と言われると、無性に否定したくなるのか、と言いますと、詰まるところ、

「苦労してないクセに、幸せになるなんてズルいっ!」

って言われているような気になるからです。


いえ、この際、『幸せそうだねー』と言った方が、どういうニュアンスで言ったのかは問題ではないのです。


受取る側の人間(つまり私)が、

『幸せ=苦難の先に存在する物』

という感覚から抜け切っていないため、その言葉を素直に受取る事が出来ないのです。


つまり、

苦労してないのに、幸せそうに見えるなんてマズいっ!!(゚∇゚|||)

という感覚です。


この感覚がある限り、本当の意味で幸せにはなれないのでしょうね。


師匠なら、

「いつでも幸せそうですねー」

と言われたらきっと、

「はい! 毎日とっても幸せです!! ( ゚∀゚)=3ムッハー」

と言いそうな気がします。


十中八九間違いなしです。




私の教室の玄関には、感謝69の際に作成した『幸』の立体書を飾っております。


これはただ単に飾っているだけではなく、ここを訪れる人が、少しでも幸せを感じる事が出来たら良いな、という気持ちが込められております。


しかし、それにはやはり、この教室の先生である私が、まず一番に幸せを感じていないと難しいのでは? と思います。


先生がいつも不満顔をしているのに生徒が幸せいっぱいの教室

とかちょっと想像がつきませんね……。( ̄_ ̄lll)


いえ、書道に全てを掛けて打ち込むストイックな先生、というのはそれはそれで魅力的ですけど。


……でも、やっぱり教室に笑顔はなさそう。



そういう事を考えると、やっぱり人から

「幸せそうですねー」

と言われたら、

「はい、幸せです! ( ゚∀゚)=3ムッハー」

と胸を張って答えられるようにしたいと思います。



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ふたばの星 書道教室:http://cloud-star.jimdo.com/