私は自分の容姿にコンプレックスがあります。
いえ……、自分では"決して良くはないけど悪くもない並みの顔"だと思っていたのですが……。
他人から見るとどうもそうではないらしく、見た目に対しあれこれ言われる事が多く、すっかりコンプレックスになってしまいました。
中学の頃、よく知らないのですが漫画の『ゴリラーマン』に似ていると言われ、あだ名が『ラーマン』になってしまいました。
その時は、まあ、そういう風に人の事を言いたがる輩もいるだろう……、と余り気にせず(強がり)いたのですが、高校に入学して間もない頃、まったく別の知人に、やっぱり『ゴリラーマンに似ている』と言われ、枕を涙で濡らしたものです。
最近は、師匠の教室の小学生に、
『オードリーの春日に似てる!』
と言われました。
……それだったらゴリラーマンに比べて万倍マシっ!
ですが、師匠の教室では子供らは、定期的に年齢を私に訊き、それに答えると
『スゲー老けてるっ!』
『四十代かと思ったっ!』
『マジでヤバくなーい?』
とか言います。
定期的に、何度も確認するように、このやり取りを同じ子供らが繰り返します。
その都度、
「そんなに老けたかなぁー……」
と鏡を見て落ち込みます。
見た目でセックスアピールをする動物はとても多いですが、ヒトほど人の見た目に対して小うるさく言う動物はいないと思います。
『足が短い』だっけの、『顔がデカイ』だっけの、『座高が高い』だっけの、『オタク臭い見た目で、モテなそう』だっけの、好き放題言ってくれます。
子供に限らずいい大人も。
お笑い番組の影響が大きいのでしょうか?
人の容姿を指摘して、安易に笑いをとろうとする人が多いように思います。
もういい大人ですからこちらも笑って受け流しますが、言われる度に心のどこかが擦り減っている気がします。
「努力でどうにも出来ない事をあれこれ言うなんて……」
と、いつも思います。
大体、芸人じゃないんですから、容姿をイジられたっておいしくもなんともありません。
特別な何かをまったくしなくても、キャーキャー言われるほど良い容姿に生まれてきたら、どんなに人生バラ色だろう……、と考えたりもします。
……という訳で、並みの容姿に生まれてきたはずが、すっかりコンプレックスになってしまいました。
ああっ!
イケメンが妬ましいな、コンチクショおぉぉぉーっっ!!(ノ-"-)ノ~┻━┻
その反動かどうかは定かではありませんが、私には『美』に対する強い拘りがあるみたいです。
つまり、美形ならざる私は、せめて自分の創る物は何よりも美しくありたい、と。
世界一美しく、綺麗な物を創りたいです。
それは見た目だけでなく、そこに込めた精神も。
……でも、その域に到達するにはコンプレックスはとても邪魔です。
よく、『劣等感をバネにして昇華する』みたいな事を言う人がいますが、それは余りよい方法とは思えないのです。
作品に込める精神を美しくするには、心のベクトルが自身の内から外に向かわなければならないと思っております。
自分から他者に向けて、善のエネルギーを放つイメージです。
"劣等感をバネに"というのは、心のベクトルが逆。外から内側です。
他人から向けられた負のエネルギーを、自分に溜め込むイメージです。
負のエネルギーで創られた物は、同じく負の感情を溜めた人の心にはとても響きますが、余り美しい物ではないと思われます。
つまり……、
"コンプレックスがあるから美しい物を創りたい"
でも
"美しい物を創るには、コンプレックスが邪魔"
ジレンマだっ!!Σ(゚□゚|||)
どちらにせよ、今後、健やかなる人生を謳歌するためには、コンプレックスは克服した方が良いに違いありません。
……あ、でも、『克服』って、なんだかやっぱりイメージが悪いですね。
コンプレックスと闘っている印象を受けませんか?
やっぱりエネルギーが内向きです。
闘えば、闘うほど、コンプレックスが強くなっていきそうな気がします。
なんと言いますか……、解放?
精神がコンプレックスから解放されて自由になるイメージですか?
他人から容姿に対して何を言われても、本当に自然に受け流せるイメージ。
そして自由な精神で、美しい作品を創っているイメージ。
うん、イメージ、大事。
超大事。
何かを創り出すのも、人生をよりよくするのも、まずはイメージ。
解き放てっ!!
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