自死した大切な家族は、

自分に、どれだけお金を積んでも買えない、

どこに行っても手にすることのできない、

「最強のカード」という、かけがえのないギフトを残していってくれた。

 

 

 

最強のカード。

 

 

 

現世界で、たった一度だけ使える最強のカード。

 

 

 

トランプで言うところの「ジョーカー」みたいなものだろうか。

 

 

 

それを自分に与えてくれた。最強のギフト。

 

 

 

それは、『いつでもそっちに行ける』という切り札のカード。

 

 

 

本音を言えば、何なら、今すぐにでもそのカードを切ってそっちに行きたいのだけれども。

 

 

 

でも、なかなかそうはいかないんだわ。

 

 

 

 

 

 

残された者はこれだけ嘆き悲しみ苦しんでいるんだよ?

 

わかってる?

 

いや、あなたを責めるつもりは全くないよ。

 

むしろ真逆で、毎日、あなたをそっちに行かせてしまった自責の念に駆られて、心臓にガラス片を突き刺されるくらい苦しいよ。

 

 

 

できることなら、自分も、今すぐにでもそっちに行きたいよ。

 

 

 

でも、そういうことだったんだね。

 

 

 

 

 

 

大切なあなたが与えてくれた「最強のカード」。

 

 

 

「死が怖くないのか?」と聞かれれば、…そりゃ怖いよ。

 

 

 

それは人間というより、生物としての本能だから仕方ない。

DNAにインプットされてるからね。

 

 

 

でも、あなたのせいでと言うべきか、あなたのおかげでと言うべきか、「死」は最大の楽しみでもある。

 

 

 

だって、死ねば答えがわかるのだから。

 

 

 

そして大切なあなたに会える可能性が、答えが、少なくとも、今、この世界で生きているよりも高いのだから。

 

 

 

それが最強のカード。

 

 

 

さぁ、このカードをいつ使おう。

 

 

 

今日使う?明日使う?

 

 

 

 

 

 

でもね、

 

トランプと同じ。

 

 

 

最強のカードは、「いつでも使える」半面、

 

 

 

「ここぞという時」まで使えないものなのだ。

 

 

 

いつでも使える最強のカード。

 

 

 

いつでも使えるからこそ、いつでも使えない、使わない。

 

 

 

この二律背反している感情は、一見矛盾しているようで、しっかりと両立しているんだよね。

 

 

 

あなたが与えてくれた「最強のカード」。

 

 

 

自分の残された人生において、このカードを使うことがあるのか、無いのか、それは自分でもわからない。

 

 

 

でも、

 

 

 

「いつでも使える」という、最高のカードを、ギフトを、安心感を、あなたは与えてくれた。

 

 

 

「ここぞという時」が、自分の残された人生において、訪れるのか、訪れないのか、それがどういう時なのか、果たしてそれが自分で見極められるのか、それは自分でもわからない。

 

 

 

でも、「いつでもそっちに行ける」という「最強のカード」を持っている、この安心感。

 

 

 

それをあなたは与えてくれた。

 

 

 

恐れるものなど何も無い。

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

有り難う。

 

 

 

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『そこにたどりつこうとあせってはいけない。

 

「そこ」など、どこにもないのだから。

 

本当にあるのは「ここ」だけ。

 

今という時にとどまれ。

 

体験をいつくしめ。

 

一瞬一瞬の不思議に集中せよ。

 

それは美しい風景の中を旅するようなもの。

 

日没ばかり求めていては

 

夜明けを見逃す。』

 

 

 

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