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陥穽

陥穽(かんせい):落とし穴
詐称・詐欺・偽装・・・世の中はさまざまな陥穽に溢れている
騙されちゃいけない、なんて事書こうと思ったけれど・・・
感想文が多くなってしまった(^^;

タイムマシンがあったとして、それを使って過去に行き、もし自分が生まれる前の自分の親を殺害したら、自分はどうなってしまうのでしょうか。

これは、親殺しのタイムパラドックス として、時間を扱う物語でよく問題になる現象です。

タイムパラドックスを解決、あるいは説明する方法として、SFにはいろんなパターンがあります。

-どうにか軌道修正されるので結果として変わらないドラえもん 他)
-歴史に左右するものには触れられない銀河鉄道999 他)
-過去の自分に触れた途端、宇宙が爆発する(バックトゥザフューチャー 他)
-自分がやってきたのとは別の未来ができる(猿の惑星 /ターミネーター 他)
-どうやっても変わらない戦国自衛隊 他)
-微妙に変わってくる(化石の記憶 他)

他にもあると思いますが、いま思いつく限りではこんな感じです。

今回紹介するのは、ここでいうなら最後のパターンに属するのかも知れません。

広瀬正マイナス・ゼロ という作品です。

時間と人間の取り扱いが絶妙な出来で、司馬遼太郎 から高い評価を得たとの話もあるそうです。
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1963年5月25日の夜。浜田俊夫は、18年前、当時と住んでいた東京梅ヶ丘の家へ向った。
しかし、用事があるのはその家ではなく、隣の敷地の庭先にある、ドーム型の建物にあった。
18年前、B29による無差別爆撃が都内を襲い、当時ドームを管理していた伊沢という大学教授が亡くなった。
亡くなる直前、俊夫伊沢先生から、
「18年後の1963年の同じ日、この場所に来て欲しい」
と頼まれたのだ。
現在、そのドームを所有しているのは、及川という人物だった。
予め電話で会う約束をしたとはいえ、その夜初めて会う及川氏は、特に警戒することもなく、すんなりと俊夫を家に招きいれた。
俊夫は、名刺を渡し、訪ねた用向き、先代の故伊沢先生に依頼された内容を及川氏に伝えた。
及川氏は、他人事であることからか特に感銘を受けたでもなく、しかしその願いを聞き入れてくれた。
そして、その夜中、ドームの中にある銀色の箱が突然開き、そこから、当時の空襲以来行方がわからなくなっていた、伊沢先生の娘、啓子が現れた。
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私がこの作品を知ったのは最近の一ヶ月くらいなのですが、当時の雑誌に連載が開始されたのは昭和40年です。

ちなみに、著者の広瀬正氏は、大正生まれです。

大変失礼ながら、その時代にこんな完成度の作品があったことには、正直驚きました。

読んでいて、その書き方に、古臭さをほとんど感じないのです。

とはいえ、最も多く描かれている、戦前の昭和初期の描写は、当時の情景が映像として浮かぶほどリアルに描かれています。

子供のころとはいえ著者自身が体験した事実と、執筆時に大老に行ったという取材がなし得た業だったのでしょう。


また、この情景に加えて特筆すべきは人間関係です。

昔にタイムスリップした主人公が、どこかで見たことがある顔だ、と思っている人物が、元の時代の誰々だった、とか、何十年も前のことだったので忘れていたがためにこういう行動に至ったのか、とか、解決されるたびに深い感銘を受けるのです。

多少なり強引な場面もありますが、そこに矛盾は見つかりません。

また、後半、主人公が犯したちょっとした失態が30年以上経って明かされる場面では、思わず噴出してしまうほどの、絶妙な笑いも含まれていて、とてもオシャレな構成でもあります。

ただ、ちょっと、大オチの、あの人物の件に関しては、うーんどうだろう、てな感じですが。

全部で600ページほどの大作ですが、一気に読みきってしまいました。

年末に、いいお話に巡りあえました。


そうそう、本を読む時間のない方のために、こんなページを見つけました。

ラジオドラマ「マイナスゼロ」

この小説は、以前、ラジオドラマになったようで、それを公開しているページです。

先にも書きましたが、小説で最もページ数を消費している昭和初期のころの描写がかなり削られていたり、構成や音楽にホラーの趣を残していますが、根幹となる時間のミステリーは巧く表現されています。

声優さんも、巧いですw

小説では、もっと詳細な説明をしていますが、簡単に済ませたいかたは、下記を是非。

といっても50分以上もあるのですがwww


今日はここまで。

マイナス・ゼロ 広瀬正・小説全集・1 (広瀬正・小説全集) (集英社文庫) [文庫]
広瀬 正(著)
陥穽-マイナス・ゼロ


先に紹介した、アガサクリスティそして誰もいなくなった にいたく感動した私は、近頃よく書店で見かけるあるタイトルの小説に手を出してみました。

今邑彩そしてだれもいなくなる です。なんとなく、手を出してみたくなる気持ち、わかりますよね?w
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名門女子高、天川学園の開校百年の記念して開催される七夕祭りにおいて、演劇部による「そして誰もいなくなった」が上演されることになった。
その当日、発声練習のために早朝の校舎屋上に訪れた江島小雪は、そこで緊張を解くためにメンソールを吹かす場を演劇部顧問の向坂典子に見つかってしまう。
しかし向坂は咎めるでもなく、自分自身もそうだったと告げた。
シナリオと演出を担当した向坂は、この日の公演への意気込みを語るが、そこへメンバーが怪我で舞台に立てないという知らせが届く。公演中止を避けたい向坂は、代役を自分がやると宣言する。
そうして始まった公演は、服毒による最初の犠牲者がでるシーンを迎えたが、その生徒が本当に死亡してしまった。
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著者の名誉のために書いておきますが、これはもちろん、いわゆるパクリではありません

あとがきで著者ご本人も書かれているのですが、引用しているだけなのであります。

確かに、そのいかがわしいタイトルがオリジナルを連想させますが、冒頭でアガサクリスティそして誰もいなくなった の舞台をやる、と明言しており、文末の参考文献の項にも同書が明記されています。

つまりは、オリジナル作品に尊敬の念を込めているリスペクト作品なのです。


どう違うのかを書いてしまうと、ある種のネタバラシになってしまいますので控えますが、その心配のない範囲でまず大きく違う点を挙げるなら、この作品が クローズド・サークル ではない、という点です。

あらすじを読まれればお分かりになるかと思いますが、最初の舞台が学校というだけで、まったく閉ざされた空間ではありません。加えていうなら、学校であってもお祭りの催し物という設定で、観客もたくさんおり、少なくとも閉鎖空間ではありません。

また、舞台は学校にとどまらず、公園や、登場人物の家、果ては、事件を担当する刑事の家庭の紹介にまでその範疇は及んでいます。

それだけで、クローズド・サークル の金字塔とまでいわれているオリジナルのパクリたり得ないwことは納得できるでしょう。

とはいえ、やはりリスペクト作品たるテイストを感じます。

オリジナル作品がなければ、ちょっとしたサスペンスで終わってしまいそうな作品ですが、巧みな引用で、その持ち味がグンと上がっている、そんな印象を受けました。

オリジナルのもつ壮大なインパクトには今ひとつ敵っていない感がありますが、それは止むなしでしょう。

しかし、充分にひねりを利かせた、巧い作品だと思います。


もちろん、一冊の本として独立した物語ですので、これだけ読んでも面白さはあると思いますが、可能ならオリジナルを読んでから読まれると良いかも知れません。

ここはオリジナルを意識しているな、というのが微妙にわかったりして、楽しめるかと思います。

また反対に、本作では、核心には迫っていないものの、多少なりオリジナルのネタバラシともとれる表記があります。

これからオリジナルを楽しみたいという方は、これを先に読まれませんよう、ご注意ください。

今日はここまで

そして誰もいなくなる (中公文庫) [文庫]
今邑 彩 (著)
陥穽-そして誰もいなくなる


エセ読書趣味の下名は、いわゆる名作、古典、伝説などと呼称される、読書家とされる方が当然の如く読まれる基本的?な本は、ほとんど読んでいません。

しかし、以前紹介したインシテミル の解説や、先のあなごっちっちっちさんのコメント にトリガーを引かれ、今回、ミステリーの金字塔、そして誰もいなくなったを読んでみました。

もちろん、アガサクリスティ は、初見です。
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判事家庭教師警部軍人医師など、職業も年齢もまちまちな10人の男女が、孤島インディアン島に招かれた。
招待状の差出人はオーエンとあった。しかし、オーエンなる人物に対する明確な記憶は誰にもなく、島にも現れることはなかった。
10人の中にはオーエンに雇われた執事もいたが、しかし面識はないのだという。
そのことに気付いたときには既に、彼らを送ってきた船はもう帰ってしまった。
不安を抱きながらも晩餐を迎えた彼らであったが、そこに突然、彼ら全員の、過去に犯した罪を告発するが響いた。
そしてその内容は、法律で裁かれることのない、殺人の嫌疑であった。
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名作たる所以と申しますか、そりゃ、圧倒的な人気を誇るのも無理はないな、という感じです。

いささか古臭い印象は受けるものの、外界と経たれた空間における状況を舞台としたクローズド・サークル 小説が後を経たずに発刊されるなどして、今だ影響を与え続ける作品であることを思い知らされた感があります。

こういった表現の技法や、犯人が明確に存在しつつも読んでいて途中ではまず判らないトリックもさることながら、犠牲者が出るたびに微妙に変わってゆく、登場人物一人一人の心理描写がまたたまらなく巧い。

視点を細かく変えながら少ない文字で表現し、しかも混乱しないような配慮も伺えるので、誰がどういう状態になるのかがよく伝わってくるのです。


ただ、非常に個人的なことですが、私にはひとつだけ残念なのことがあります。

昔、私の周囲にいた知人が、犯人はほにゃららだ、と抜かしやがっていたため、ストーリーは知らずとも犯人が誰であるか(というかその職業)を知った上で読んでしまった、という点です。

言うまでもなくこれはミステリーですから、犯人を知らずに読むのが王道です。

少なくとも一回目は。

犯人を知らずして読むべきでありますが、しかし、犯人を知った後、さらに読み返しても、恐らく新しい発見に気付くことができ、知っていたとしても充分楽しめる作品、つまり何度読んでも楽しめる作品ではないかと、そう思います。
# そう思わざるを得ない、という面も、私にはありましたがwww

読まれていない方への、ご一読を推奨します。

今日はここまで

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) [文庫]
アガサ・クリスティー(著)
陥穽-そして誰もいなくなった