生徒を指導するにも、いい指導とよくない指導があります。
今の学校に来て、私がすごいと思う学級指導をする担任の先生に出会いました。
その先生から頂いた資料に、三つの指導について書かれていました。
なるほどと思ったので紹介したいと思います。
指導の三つの種類
一つ目は
対処的指導です。
起こってしまった問題行動について指導する場面です。
誰かを殴ったとか、不要物を持ってきたこととかについて指導することです。
二つ目は
予防的指導です。
守らなければいけない規則や、その意味について説明したり
生徒が躓きそうな内容を予測して指導する方法です。
情報モラルの指導や、薬物乱用防止の指導、校則のガイダンス、行事参加前の注意
などはこれに当たります。
三つ目は
開発的指導です。
日記や学級通信、学級イベントなどを通して、生徒が自らの判断で向上する機会を多く持ち
自分の生活の仕方を自分で高めることができるような手立てを講じることです。
学級の目標を決めたり、班や係で学級のための活動を考えたり、委員会などの活動を具体化するなどの活動です。
冒頭に「いい指導」「よくない指導」と書いたのですが、実際はどの指導も必要になってくることです。
ただ、自分が考えなくてはいけないなと思ったことは、対処的な指導に偏ってはいないかということでした。
やってしまったことを追いかけて、それを指導することに終始していないかということです。
もちろん、教員ですから、二つ目の予防的な指導(俗に先取り指導などとも言われます)は意識してきたつもりです。
たとえば、朝の学級活動で目標を示し、それができたかどうかを放課後の学級活動で評価する
みたいなことはやってきました。
ただ、対処的指導も予防的指導も、本質的には教師がコントロールする指導からは抜け出しにくいです。
今の学校に来て、三つ目の開発的な指導という視点を持つようになりました。
子どもを指導するとき、最も短時間で準備なくできるのは対処的な指導です。
予防的な指導は事前に言わなければいけないので、ある程度先を見据えて指導を入れなければいけません。
開発的な指導は少なくとも月単位での見通しを持たなければできないことです。
指導をする側の人間が先を見ていないと、対処的な指導ばかりになってしまいます。
先にも話しましたが、対処的な指導も必要です。しかし、それに偏っていては、生徒の本当の成長にはつながらないです。
教育だとわかりづらいので、ちょっと違うかもしれませんが、病気を例に考えてみると
病気になってから、その病気の薬を使ったり、手術など、治療を行うのが対処的な対応です。
かかりそうな病気を予測して、予防注射などの措置をあらかじめ取っておくのが、予防的な対応です。
病気にかかりにくい、健康的な生活を送れる知識や方法を身に着けることが開発的な対応です。
どれも必要な措置ですが、病気になった後、薬ばかりを使われていたら、体の方だっておかしくなってきますよね。
ましてや成長途中の人間の心ですから、山ほどの危機を迎えています。
そのたびに薬を入れられる心は、それだけでおかしくなってしまうかもしれません。
理想論かもしれませんが、教育に携わる者は、対処的な指導より、開発的な指導を心がけるくらいでちょうどいいと思います。
対処的な指導を行わなければいけない場面なんて、毎日ありますから。
偉そうなことを書いていますが、自分自身への戒めの意味が一番強いです。
クラス替えを前にしたこの時期、対処的な指導に追い立てられる自分の学級を見て
自分の担任としての力量のなさを感じます。
「もし、自分が担任ではなかったなら、この子たちをもっと成長させられたかもしれない」
学級を持つたびに、私が持つジレンマです。