産婦人科医の約9割が新型の出生前診断に賛成。しかし堕胎増加への懸念も
医師コミュニティーサイト「MedPeer」を運営するメドピアは、本年9月にも国内で開始されると伝えら..........≪続きを読む≫
自分は大学時代に生物学を専攻していました。
まぁ教育学部なんで、理学部や農学部の方ほど専門性が高いわけではないのですが、遺伝学の方はよく調べましたし、卒論もそっちがかかわった研究でした。
今でも中3の授業で遺伝と生殖の単元の終わりでは「人間の遺伝子を操作してもよいか」ということについて考えたり討論をする時間を設けています。
この記事の技術が公開される前には羊水検査でダウン症が診断できるという技術がありました。その技術が広まったときには、ダウン症ならば堕胎してもいいのかということも話題になっています。
羊水検査の技術自体が今から10年以上前に確立されていると思うので、こういう議論は以前からありました。
検査が手軽になったからという問題ではないのです。
そして、ダウン症が判別できるからどうだというのも問題の本質ではありません。
本当の問題は
障害を持つとわかっている人間を産むか殺すかの選択を親が決めるかどうかなのです。
タイトルには神と書きました。いささか危ない発言なのですが、他者の生死を決められる権利をもったものを「神」と表現したのです。
日本の法律では、生まれた日に初めてその人間に人権が与えられます。
つまり明日出産予定日の妊婦の腹を蹴って、中の胎児が死んだとしても、殺人罪ではなく、傷害罪になるでしょう。・・・この辺、私は法律には疎いので自信がないです・・・
堕胎は22週前の胎児に限られています。
でも、どの時点を持って命と考えるならば、私は受精の時点を持って命だと判断します。
ですから、堕胎が法律的に可能でも、殺すと表現します。
今の話題としては、ダウン症に限られています。
ダウン症は染色体が一本多いので、顕微鏡で判断ができる障害です。
だから話題になるのでしょう。
しかし、染色体数の判断だけでなく、遺伝子の配列まで調べれば、そのほかの障害もわかってくるはずです。今のところ、遺伝病に関するものは、遺伝配列を調べるということが認められている場合もあります。
そのほかの障害に関しても、障害に関する遺伝配列がわかれば、胎児の段階で選別できます。
ダウン症の選別を許可するならば、自閉症などのリスクの高い遺伝子の変異を持った胎児を選別し始める可能性だってあります。
イギリスの科学誌Natureのオンライン版に記載されていることですが(2012年4月4日版)
自閉症は遺伝子の変異が原因ではないかという研究です。
ダウン症と同じく高齢での子どものリスクが高くなり、男性の精子の変異の影響も高いみたいです。
ごちゃごちゃ書いたのですが、要するにもう少し研究が進めば、自閉症となるリスクが高いかどうかを胎児の段階で判別できるようになるでしょう。
5年は早いかもしれないですが、10年後には今度はそれが話題になっていると予測します。
遺伝子の配列を読む技術は、ここ10年で飛躍的な進歩を遂げています。
100年はかかるといわれていた人間の遺伝子配列が、今は半日で読むことができます。
今は、その配列がどんな意味と影響を持つのかを、世界中の研究者がこぞって研究している最中です。
ですから技術的には間もなく可能になってくるでしょう。
上に書いたように、これはダウン症という一つの障害に限らないものです。
ダウン症で行われた前例があれば、この先、他の障害の判定方法が確立されても、同じように適用されていくのです。
まぁダウン症については、検査方法が確立されているので、障害を持つとわかった胎児を堕胎してもよいという方向には流れ始めているのでしょう。
障害を持つものは排除されていくのですね。
この流れが始まったら、命を選別していく方向は止められないものだと思います。
後は、どこで線引きをするかだけの議論が続くでしょう。
どの障害を選別の対象にするかという線引き
どの段階で選別するかの線引き
私にはわかりません。
ダウン症は21番目の染色体が機能しない障害です。
同じように5番目や13番目、18番目の染色体に異常がある障害だってあります。
ダウン症だけが選別の対象になるのかわかりません。
「初めから苦労するとわかっているのだから、その可能性は排除してもよい」
という意見はよく耳にします。
「手のかかる子はほかの人に迷惑をかけるので殺します」
というのと何が違うのかわかりません。
30歳の人間を殺すことと
腹の中の胎児を殺すことはどう違うのでしょうか。
最初から体外受精をして、受精卵の段階で選別すればどうでしょうか?
細胞ひとつの状態ならば意図的に排除してもいいでしょうか?
いったん選別を始めると、あとは線引きの議論にしかならないのだと思います。
わかった病気は線引き
病気や障害などのリスクを排除し、健常者だといわれる人間だけに選別する。
それを人間が行う。
いささか極端な考えでしょうか?
現実離れしているでしょうか?
でも突き詰めて考えるとそうなると思うのです。
実際に障害を持つ方やその家族は、こんなに割り切って考えることはできないでしょう。
私が考えるよりも何倍も深く考え、何倍もの時間考え続けているのでしょうから。
自分の子どもが障害を持つと診断された親は、いったんは死ぬほどの思いをして悩むと聞きます。
そんな思いをしてまで子どもを育てるのならばという意見が聞こえそうですね。
しかし、この話題が出たときに、障害を持つ人間を選別し排除するという意見を持つ人の多くは、障害を持つ子どもの親や家族ではないです。
排除するという人間の多くは外側から障害を見ている人が多いように思います。
面倒だから殺す。
ですかね。
役に立たないから殺す。
ですかね。
愛情を持っている家族には言えない台詞ですね。
出生前診断のことは以前から知っていました。
結婚する前に、自分の嫁に聞いたことがあります。
「自分の子がダウン症だとわかったら、産む?」
同じ質問をすると、若い女性のほとんどが悩みます。
しかし即答でした。
「産むよ」
嫁は養護学校で働いていたので、普通の人よりも障害を持つ人やその家族に接する機会が多かったとも思います。当然悩むだろうと考えての意地悪な質問でした。
あまりにあっさり答えが返ってきたので。
「なんで?」
と聞き返してしまいました。
「だって、かわいいし。障害を持っていても楽しく生きていけることを知ってるから。」
というのが答えでした。
私は何も言えなくなりました。