コーチになってずっとクラブにいられれば寂しい想いはしなくてすむんじゃないかと思ってましたけど、送る側になってもこの気持ちは変わらないんですね。

今年は150人もの出席者がいたみたいです。
照明係だったので上の部屋から見ていたのですがその人数の多さに圧倒されました。
自分は事前準備にまったく関わってないので多くの保護者の方の協力にただただ頭が下がる思いです。

今年はまず中学1年、2年生そして低学年女子の出し物。



それに加えて悠希の叔父さんの畠中洋さん、そして小此木麻里さんがスペシャルゲストとして登場。
歌を披露してくれてもう本当に感激。

8月のミュージカル必ず見に行きます。

そして卒業DVDは今年も凄かった。
毎年これを見るためにJACに携わっているといっても過言ではありません。
アルバム贈呈での畠中コーチ、そして卒業生のメッセージを聞いてこれまでの『本気』の頑張りが胸に響きました。

6年生には前日になんとか完成した手紙で想いを伝えられたのでここでは中学3年生へメッセージ。


卒業生へ

なんだろうなみんながいないJACをちょっとまだ想像できないよ。
みんなとは小学生の頃から一緒に走っていて、その頃から今日までまったく追いつけませんでした。
だからやっぱりみんなは憧れの存在。
多分俺はみんなの一番のファンなんです。
一緒に走れる事が楽しくて嬉しくて誇らしくて。

一緒に練習できる事は少なかったけどツバサをラスト1周だけだけど引っ張った事は自慢だし、合宿で1周ごとにインコースを交代しながら走るマユミとミホの姿を見てその絆の強さに後ろを走ってた俺は泣きそうでした。

これから先楽しいことばかりじゃない競技生活になると思う。
陸上を続けなくても走るのをやめてしまう日がいつか来ても、俺や多くのクラブの卒業生がそうであるようにまた走りたいと思える日がきっと来る。
その時はいつでもクラブに来てほしい。
今は畠中コーチだけだなく悠希や俺もいる。
ベーシックのお手伝いはいつでも大歓迎だよ。

卒業おめでとう!!
みんなと一緒に駆け抜けた日々は宝物です。
いつか襷を繋ぐ日を夢見て。黒田より

ブログの更新が滞ってます。
というのも土曜日の卒業生を送る会に向けて6年生に簡単な記録集を製作し始めたのですが意外と時間がかかってます。
JAC記録を作った時にまとめた資料を参考にしているのですがカズキなんて大会ほとんど出てるし、カオリに至っては3年生の頃からの記録が残っているので。
ベーシックの卒業生にも同じ様な物を送る予定でいます。
クラブの方は保護者の方の協力がありますがベーシックは自分達が中心にやっていかないと。

寄せ書きなどを貰っていたにも関わらず、今まで卒業生に対して何もしてこなかったのですが引っ越し等でクラブに残れなかった去年の卒業生に何も伝えられなかった事を激しく後悔したので今年からは頑張ろうと思ってます。
比較的人数の少ない学年ですらこうですからこれからベーシックの子が卒業する頃にはもっと大変な事になっていくんだろうな…。

さぁもうひと踏ん張り。

自分の使っている時計はラップを300まで保存できるのですが今回1km毎にラップをとっていたらなんと42km地点がちょうど300。
残り195mゴール地点でのタイムが残っていません…。
2010年の夏から使ってるこの時計。
データ整理しなきゃいけないんだけど消さない記録が多すぎます。

ゴール後ペースセッターは一般ランナーとは別の着替え場所へ。

さすがに自分がゴールした頃にはエリート選手はいないし食事も残っていませんでしたがシャワーを浴びる事ができて最高に気持ち良かったです。
タオルにメダルにTシャツ貰えるものは全部貰いました。
帽子(+風船)も貰えてタダで走ってるのに本当にありがたいです。

普段は1分1秒を追い求めて走ってるのでそれとは真逆のできる限り『ゆっくり』走るというのは新鮮な感覚で気持ち的にも楽でした。
それにランナーの方から「ペースメーカーご苦労様です。」と声をかけられたり、給水を分けてもらったりもしました。
「風船頑張れ~。」と沿道からもたくさんの声援をもらいました。
関門を気にしてる人は自分を見つけて安心し、4時間台を目指してる人は焦ったりと反応は様々。
ゼッケンに『5:30』と書かれているのでキロ5分30秒と勘違いする人はかなり多かったです。
そしてランナーだけでなくペースセッターは応援してる人の目安にもなっているんだなと。
自分が通過した時に「もうすぐかなぁ?」とか「もう行っちゃったかも…。」という反応がたくさんありました。
序盤はひたすら抜かれていくだけで自分が走っている意味あるのかなぁとも思っていました。
でも終盤歩いてたランナーが自分達を見てまた走り出してくれた時には少しは役に立てたかもと感じました。
本当に貴重な体験ができました。
機会があれば何度でもやってみたいです。

今回出場した父母達の成績はかなり良かったんじゃないかと思います。
ていうか僕の自己ベスト(3時間28分09秒)も超されました。
秋以降の保護者練の成果ですね。
僕も一緒に練習を積み重ねてきたのでみんなの結果をみて自信が持てました。
3週間後の板橋Cityは自分に期待せざるを得ません。
4分30秒でどこまでいけるか、3時間15分切りを目指します。

スタート45秒前今井正人選手の後ろでテレビに映ってました。

レースが始まり途切れる事のないランナーを見送り続け、12分後の9時22分いよいよスタート。

1km7分30秒ペース。
とにかく周りに流されないようにと自分に言い聞かせました。

リズムを掴んできた2km過ぎぐらいでしょうか早くもアクシデント発生。
トイレに行きたい…。
一般ランナーと違って直前に行く事ができたにも関わらずです。
ペースを戻せればトイレに抜ける事も問題なかったので行こうと決心したのですがこの時間帯はどこも長蛇の列。
5~10分近くタイムロスしちゃいそうだったので素早く行けそうなトイレはないかなと探し続けた42.195kmでした。
結局行けませんでした…。

逆に言えば不安要素はこれだけ。

風は強かったけど天気も良くて本当に気持ち良く走れました。

ゆっくりだったので沿道の声援にも応えられました。
最初は九段下でハルカを発見。
飯田橋ではヒラガ父に写真を撮ってもらいました。
日比谷を過ぎてからは折り返してくるランナーを探しました。
トップ集団はすでに通過してましたが畠中コーチ、ナカニシ父、オオカ父の勇姿は見る事ができました。
13km過ぎには小学生&母の大応援団。
品川を折り返してからはユウナとシオリ。
銀座では自分の母からアンパンをもらいました。
携帯で悠希のゴールを確認した時はまだ浅草。

佃大橋にはミヤケ父、いつも一番きつい所にいてくれます。
東雲ではNユウサクがお父さんに肩車されながら応援してくれました。
気付かなかった人がいたらごめんなさい。
前を走ったコーチや父母達が通過してから30分とか場所によっては1時間近く待ったんじゃないでしょうか。
自分がいた事で応援計画も難しくなったと思います。
応援ありがとうございました。

30kmを過ぎた辺りでしょうか。
普段なら残りの距離が気になるの頃ですが今回はゴール時間が決まってるためむしろ残り時間を意識し始めました。
あと90分、60分。
カウントダウンが始まりました。
こうなると本当に終わってしまうのが残念に思えてきてこのままいつまでも走り続けられそうでした。
あと30分、20分…。
ゴール直前になるとそれなりに集団ができあがってきます。
残り10分、5分…。
スパートをするランナーを横目にペースセッターは最後まで一定ペース。
ラスト1kmの時点で実は30秒近く早く、名残を惜しむようにここからさらにゆっくり。
そして14時40分ついに終わりが来てしまいました。

『ものすごく長くて、ありえないほど短い』僕の初東京マラソンのゴールです。

前日の夕方行く必要はなかったのですがお祭り気分を味わうために東京マラソンEXPOに参加。

一通り回って帰ろうと思ったらなんと受付に来ていた悠希にばったり遭遇。
一緒にもう一周してきました。

大会プログラムに結構大きく名前が載りました。

そして迎えた当日。
6時に家を出て新宿に着くとすでにたくさんのランナーがスタート付近に集結していました。
そんな大勢のランナーたちを横目にペースセッターの僕は集合場所である都庁に入りました。
ちょっと優越感。

受付を済ませ更衣スペースに行くと招待・エリート選手が大勢いました。
外国招待選手や佐藤悠基選手、ペースメーカーを務めた宇賀地強選手に遭遇。
談笑していたり、荷物を運ぶ台車の上で集中している(寝てる!?)選手もいたり大会に臨む前の一流選手の様子を垣間見れました。

自分の準備ができたところで東京マラソンを走るコーチや父母達の集合場所のホテルに移動。
いや本当にスタート地点に近くて驚きました。
スタート前の緊張と期待が入り混じった雰囲気は子どもたちと一緒ですね。

都庁に戻り荷物を預けるといよいよスタート地点に移動です。


ランナーにはお馴染み宇野けんたろうさんを発見。

スタート直前の佐藤悠基選手。

そして9時10分。
ハート型の紙吹雪が舞い、長く、そして短かった東京マラソン2013がいよいよスタートです。