今年は1度も夏祭りに参加していない。参加したい気持ちは山々なのだが、何しろ一緒についてきてくれる人がいない。私のなかで、夏祭りは恋愛的要素あるいは、子どもの青春的要素を兼ね備えたものだと解釈をしている。映画にしてみてもそうだ、花火とは青春の証である。思い出がないとも言えないが一度女性の方と花火を見に行ったことがある。正直にいえば、あまり記憶に残っていないので、どんな経緯でそうなったかは覚えていない。ただ、デートをしながら夏祭りに参加するカップルはとても美しくみえたので、私もそうなりたいとでも思ったのだろう。今日はもう20日なので夏は折り返し、少しずつ秋に移行していく。私は今年も夏祭りにいくことができなかったが、来年こそはと毎年のように思っている。
さてそんな夏祭りだが、出店で町がにぎわい、学校の友達やその家族、親戚や先生など多くの知人と遭遇したりするのは全国共通なのだろうか。どうも感傷に浸ることしかできないが、本来は豊作を祈ったり、病や疫病を追い払う意味合いを込め神にお祈りするものだ。当時のことはわからないが、いつの時代も祭りというものは世代を超えて愛されるイベントではないかと考える。みんな楽しそうに町を歩いている。何しろテンションが上がる。出店からは焼き鳥や焼きいか、たこやき、たいやき、おこのみやき、はしまきのいいにおいがする。あんなに高いのに祭りのときには財布の中からどんどんお金を出してしまうのはなぜだろう。そこがまたいいわけなのだが。ということで早く恋人と祭りに参加できることを夢見て寝る。