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clockwork-sceneブログ「キロック」

clockwork-sceneの心象風景、その記録。

最近オンラインばっかりでしたが、

久しぶりにスタジオに入りました。

たくさん試すことがあったので、わたしの楽器しか写真撮る余裕がなくて残念でした(>_<)

(しかもドラムのセッティングも途中の変なタイミングでまったく映えなくてすみません。。)

 

スタジオでもオンラインでも楽器を弾くたのしさは同じです。

すらすらーっとフレーズが出るときも、「絶対これはないわ~(絶句)」というものから、「なんかイメージに近い気がする」と、何パターンも試してみるのも宝さがし気分でおもしろいです。それがどれだけ自分の中からでてきたものなのか、が大事に思えます。

今は許されるだけたくさん弾きたい気分です。

 

夏バテしないように、無理せず体調に気をつけながら、

みなさま元気に過ごせますように。

夏はいつもドラマティックがいっぱいでだいすき花火

 

 

べえす かえ

最近特に、バンドっていいなーって思うのです。

 

コンピューターのおかげで、一人で出来ることが増え

効率だけを考えたら、一人や少人数の方がいいんだと思う。

 

でもメンバー一人一人が、それぞれの考えのもと、

各楽器にそれぞれの思いを乗せて

それをみんなで遠慮したり尊重し合ったりしながら、真ん中に一つの形を作る。

 

制限とルールと不自由の上に、価値や輝きが生まれると思うのです。

 

 

手を使ってはいけないサッカーのように

自らの足で頂上を目指す登山のように

 

夜の暗さによって一人一人の生活の光が生まれ、

それが作る夜景を美しいと思うように

 

 

 

心に潤いを与えあえる。

そんな音楽を形にしたいなー。

それが出来れば器は何でもいいんです。

 

 

人生はいつ振り返っても道中。

今日まで使わなかったものが

明日急になくてはならないものに変わることもある。

無駄なものなんてきっとない。

 

 

明け方の戯言でした。

 

 

 

 

noa

20年も前であれば記憶がなくて、今の自分との確かめ算ができなくなる
ただ、今の自分を作っている要素なのは間違いがないから
過去を無碍にすることもできない
時間が経てば経つほど、自分を見ている目は増えて
どんな気持ちでもどんな夢があっても、自分がどう見られているかから頭が離せない
離せないその考えは僕の一部であり、それこそ
20年前から脈々と、自分が大事に育ててきたものだ
だから僕のすべきことは、黙って過去を総ざらいにして
抱きしめることだと思う
その時はあれが怖くて、あの時はそれに腹が立って
うまく自分を穏やかにできなかったんだねと
抱きしめることだと思うな

記憶もきもちもそれぞれに色があって、そんないろいろが集まるから、よりいっそうきれいにおもえるのだな、と感じました。

要するに俯瞰して全体を見た場合、だいたいのことはそれでよいのだ、と、考えられる余裕がほしいです。

 

まだ七夕のイブですが、フライングで願っておきます。

 

 

べえす かえ

関東梅雨明けニュースにもおどろきましたが、

夏がすでに本気モードなことにももっとびっくりしています。

他の季節より空がちょっとだけ明るく濃い目の青になるのがすきです。

いいから夏を楽しみましょうよ、といわれているような気がします。サマーパーティーへのインビテーションのようです。

 

じぶんの持ち分をあきらめずにコツコツと丁寧にやっていくことが、

何かしら大きなすばらしい結果につながるんだなーというのを日々横目に見て、元気をもらっています。いいときもわるいときも味方。

 

今月からリハのときの自分用飲みものをアイスティーに変えたら、

リハじゃないときもアイスティーをのむと曲が頭の中で流れるようになりました。ほんとに単純です。

 

 

べえす かえ